秋と冬

第5話-a 森の戦い

 季節は移り変わり秋になった。山の上の方はもう霜が降りたようだ。まだ集落では霜が降りることはなかったが、冷気を孕んだ涼しい風が吹き始め、ここスツルヌールの町に冬が訪れるのは時間の問題だった。

 夏に溶け残った万年雪の上に新しく雪がつもる前に、夏の間高地の草地へ連れていかれた家畜たちと、夏の山小屋で暮らしていた人々が町へ帰ってきていた。町は少しだけ賑やかになった。

 木々は赤や橙、黄色へと装いを変え、山々は燃えるような様相を呈している。アオバは、緑の夏山を愛していたが、この秋の華やかな眺めも愛さずにはいられなかった。


 町で生産できる物資には限りがある。場所が場所なだけに他の町との頻繁な交流もない。人のための食糧は言うに及ばず、蓄えられる冬の家畜の飼料もそれほど多くないため、季節が変わる前に家畜の数を減らさなければならない。そのため、どの種類の家畜をどれだけ残すのかが重要であり、集落の中で何度も相談の場が持たれた。そして、そうやって色々な話し合いの末、町のあちこちから人々が一か所に集まり、冬に備えて家畜を処理するのだった。

 解体された家畜は、肉はベーコンやソーセージなどの冬の食料へ、皮は靴などの日用品へと加工される。

 お祭りのように賑やかな家畜の解体の様子を、アオバは人目を憚って直接見ることはできなかった。けれど、大人に混じって子供たちの歓声も聞こえてきて、一種のお祭りのようなものなのだと思った。家畜の悲鳴が耳について離れなかったけれど。

 山の麓から商人が商品を売りに来たりもしているようで、塀の内側は、冬の準備のためににわかに活気付いていた。一度、隊商と思しき集団が山道を登り町へと入っていくのを見た。

 秋は収穫の季節でもある。町の人々が総出で小さな畑に実った麦の収穫をする。歌を歌いながら、陽気に豊作を喜ぶ。子供たちもみなすっかり刈り取られた後の畑の落穂拾いに駆り出された。

 落穂拾いの済んだ農地と、今年休耕地として定められた手付かずの土地には家畜たちが放牧される。家畜たちは残された麦の切り株や繁茂した雑草を食べ糞をする。それが翌年の実りへと繋がっている。

 放牧の済んだ土地は次の春に向けて耕起と秋の種まきが行われる。短い秋には為さなければならないことが多くあり、町の人々が一丸となってことに当たった。

 人々の仕事は尽きない。山の斜面、木を切り出した跡地に繁茂する種々の植物を住民みんなで協力して刈る。背の比較的高い麦のような植物にからみつくように別の植物が茂っている。それをいっしょくたに刈り取る。同じ種類の植物が多く生えていることから、刈り取るためにあらかじめ種を撒いていたのだと思われる。そして、その場ですぐに木の棒を組んで干し場を作ると、一束にまとめて次々干していく。これが冬の間の家畜の重要な飼料となる。

 そして、秋は森の恵みが最も多い時期でもある。キノコ類、胡桃、栗、どんぐりなどを拾いに、また山ぶどうや山梨などをもぐために、ほかの季節より村人が頻繁に森へ入るようになる。

 森の恵はこの集落では冬を越すための重要な食糧となるからだ。

 クリシュナが、二人で集めた木の実や、アオバの狩った動物たちの毛皮と加工済みの肉とを交換する。クリシュナが嬉しそうに作ったその日の晩御飯はいつもよりも豪華だった。


 そうやって少しずつ秋が深まっていったある朝、山の頂上に初雪が降ったことをクリシュナが教えてくれた。いつもよりも長いお祈りの後、普段通り朝ごはんを食べた。

 それだけならばいつもとちょっと違った朝というだけのことだった。けれど、朝食の後片付けをして、クリシュナがいろいろな種類の穀物や木の実や野菜なんかを少しずつザルに並べていると、アナンヤも同じようにザルに食べ物を載せてやって来た。

 出かける時間をだいぶ過ぎてしまったけれど、彼女が長ったらしくおしゃべりを始めたため、出るに出られなかった。そうこうしているうちに、時間を気にするクリシュナにせっつかれて一方的な会話を渋々終わらせ、二人は並んで出かけて行った。

 人々が寺院の方へ集まっていく気配がした。


 町の上に掲げられたいくつもの吹き流しが新しいものに変わっていることにアオバが気づいたのは、翌日のことだった。

 



 秋の穏やかな日差しの中でアオバは横になっている。夏の透明な日差しと打って変わって、秋の日はいくぶん黄色がかっているようだった。葉がだいぶ落ち、林床には日差しが差し込んでいる。夏には鬱蒼としていた森が、今は明るい光の中にまどろんでいる。全てが淡い金色に輝いているようにみえた。

 あれほどうるさく鳴いていた蝉の代わりに、今度は秋の虫たちが残り少ない命を謳歌するように歌うのをぼんやりと聞いていた。目の前を何匹もの赤蜻蛉が通り過ぎ、じっくりと目を凝らすと梢の間を鳥やリスたちが冬に備えて虫や木の実を探して駆け回っている。

 それはおだやかな午後だった。梢の先から鳥たちの囀りが降ってくる。日に照らされ暖められた地面の上で、彼は枯草を下に敷きのんびりしている。

 風にのって流れてくる枯草の乾いた匂いにつつまれながら、とりとめもないことをつらつらと考えているときだった。離れたところで小さな鳥の鳴き声と羽ばたきの後に、梢を揺らしながら何かが草地に落ちる音がした。ふと顔を上げて周囲をみるが目に付くものはなかった。気になってアオバが物音のしたらしい場所へ近づくと、傷ついた鳥が鳴き声も上げずに茂みの中で地に伏せていた。

 上空をみると茶色く大きな鳥が旋回している。上手く隠れる位置に落ちたために見失ったのだろう。アオバはしばらく逡巡してからその鳥をそっと拾い上げた。

 鳥は一声も発することなく、大人しく手の中に納まっている。血が付着した翼を上手く折りたためないようだった。小さな体を震わせながら、それでもアオバを睨めつけるようにして見上げて、くちばしを大きく開けて必死に威嚇している。

 彼はその傷ついた鳥を連れて帰った。クリシュナは何も言わなかった。アオバは傷の手当てをし、エサを与え、清潔に保ち、毎日かいがいしく世話をした。

 初めは小さくなっていた鳥も、徐々に慣れ、傷が治るのに合わせて羽ばたくようになっていった。けれど、その鳥は決してなつくことがなく、彼が触れようとすると必死に抵抗した。餌も人がそばにいるうちは絶対に食べようとしなかった。

 そんな姿を少し距離を置いてじっと見つめるアオバに、クリシュナは何も言わなかた。

 二週間後には、鳥の傷も癒え、羽ばたきにも違和感が無くなった。

 それをみてアオバは森へ連れていった。籠から鳥を取り出し両掌に載せる。鳥は一二度おおきくゆっくり羽ばたいた。周囲を何度か窺うように頭を動かしアオバをちらりと見上げた。かと思うと、まっすぐ青空を見つめる。その直後、ぐっと翼に力を籠めるのがわかった。手のひらの上で小さく空気が逆巻いたと思うと、一対の翼が風を掴み舞い上がった。両手に圧力を感じたと思うと、ふっとそれは消えてしまった。傷の癒えた鳥が力強く羽ばたいてふわりと飛び立ったのだ。それから彼の頭上で一度旋回すると、その小さな影は木々の向こうに消えて、見えなくなった。


 その日彼はいつものように森で訓練をしてから帰った。

 先に戻っていたクリシュナが一言、鳥は、と言い、アオバは森へ、と答えた。そうかとだけ応えがあって、いつものように食事をし後片付けをしてアオバは眠った。

 夢の中で、あの鳥が自由に青空を飛ぶのをみた。

 


 それから一週間ほど経った。風は冷たくなり、日は遠くなってしまった。単調な生活にすっかり馴染んでしまった頃だった。

 アオバはいつも通りに出かけ、いつもと同じ午前の訓練をして、なんとなく休憩がてら森を散策していた。

 森の散策は毎日の訓練と同じくらい重要だった。誰に任じられたわけでもないが、狩りが成功するようになってから、その必要性を感じて時々森を歩き回るようになっていた。

 どういった場所に獲物の巣があるのか、森のどのあたりに山菜やキノコや木の実のなる木が生えているのかを知っておかなければ、この広い森を闇雲に動き回ることになり、それだけ危険が増える。逆に森について知っていることが増えれば、それだけ危険を減らすことにつながり、また森で迷う可能性も下げられる。

 この日もアオバは頭の中の地図を広げ、今日探索する大まかな場所を思い描く。太陽が天頂を通り過ぎた時間だ。あまり遠くへは行けない。夏の間に一二度足を運んだだけの場所を再度確認しようと歩き出した。

 小さな、本当に小さな沢や有用そうな倒木、何本かの細い獣道を頭の中の地図に追加していく。足場の不安定な岩場や淀んだ沼の位置も書き加える。沼から少し離れたところに、樹齢如何ほどもあろうかという信じられないくらい太い古木さえあった。

 手に入れた情報が思ったよりも多かったことに満足して、元来た道を帰ろうとしたとき、木の影になっていて見えていなかった落ち葉が赤黒く汚れているのを見つけた。

 何かを引き摺ったように見える跡がかすかに残され、それがどこかへと続いている。血の匂いは薄れかけており、昨日今日のものではないのかもしれない。

 跡は途切れ途切れではあったが、一直線に続き、追いかけることはさほど難しくはなかった。しばらくすすむと、無残に食い荒らされた鹿の残骸が放置されているのを見つけた。

 最初は熊だろうかと考えた。冬眠前の食事。にわかに恐怖を感じて周囲を見渡す。もちろん何の姿もなく、数日前の痕跡であることを思い出し緊張を解く。

 そうすると、すぐに帰るべきだという意識と、正体を突き止めるべきだという意識が鬩ぎあったが、しばらく悩んで少し周囲を見て回ることを決める。

 凶暴な獣の正体を見極める必要があったし、その動向を追わなくてはならないと考えた。

 バライチゴの茂みに残されたみたことのない長い動物の毛をみつけ、いまだ匂いの強く残る乾いた糞尿の跡をみつけた。

 さらに進むと、再び獲物を食べたらしい跡があったが、こちらは小動物だったらしく赤黒い血と残された毛、砕けた骨が落ち葉と地面にこびりついていただけだった。

 痕跡は点在し、その痕跡を残した主がこの辺一帯をしらみつぶしに動き回っているだろうことが想像できた。

 歩き続けて疲労を感じ始めたころ、アオバは新しい狩りの跡を発見した。まだ完全に乾ききっていない残骸とそこから少し離れたところに、悪臭を放つ排泄物もみつけた。

 昨日のものだろうかと地面に膝をつけて思案しているときだった。かすかに葉ずれの音がして振り向いたとき、既に鋭い牙を剥き出しにした赤黒い顎門あぎとが近くに迫っていた。

 躱せる距離ではない。

 咄嗟に腰に差していたナイフを掴むと、ぬらぬらと光る大きく開かれた真っ赤な口目掛けて全力で投げつけた。

 突然のことに目を見開いた獣がナイフに喰らいつく。上下の鋭い牙に噛み砕かれ、黒曜石のナイフが硬質な音をたてた。

 咄嗟に止まろうと強く前足を地面に突き立て、ナイフのかけらを噛みしめた状態で突進してきたその頭部に両の手をつき、そこを支点にして飛び越えた。

 突如襲いかかってきた獣の全貌もわからないまま、アオバは着地後即座に駆け出した。

 想像もしていない大きさだった。前世に動物園で見たトラよりもずっと大きかった。あまりのことに冷静に考えることもできず、ただひたすらに、後を振り返ることもできずに闇雲に走った。

 一瞬でも立ち止まってしまったら、ちらりとでも振り返ったら致命的な結果に繋がってしまう気がした。

 今までに感じたことのない死の恐怖に逃げる以外の選択肢などありはしなかった。

逃げることだけを考え走り続け、気づくとアオバは見慣れた場所に出た。夏とは全く様相がかわっているために、どの辺りと正確にいうことはできなかったが、それでも見覚えのある場所だということは言える。

 無意識に安全を求めたのか、無我夢中で走っていたと思ったのに、彼の両足は町へと戻ろうとしていたのだ。

 このまま逃げることもできず、また殺すこともできない。

 もしあの巨大な動物が自分の後を追いかけてきているとしたら……。




 彼が決断できずに逡巡していると、木立の奥から甲高い複数の声が小さく聞こえた。それはほんの短い叫びで、鳥か小動物のもののようにも聞こえたが、アオバにはなんとなく聞き覚えがあるような気がした。ザワザワとした不安が胸に広がるのを感じて、声のしたと思われる方に向かって、小走りに走り出した。

 もう一度、今度ははっきりと、人の悲鳴が耳に届いて、彼は足に力を込めた。胸騒ぎははっきりとした予感に形を変えて、全身を満たしていった。自分のしてしまったことに対する激しい後悔に苛まれた。

 徐々に大きくなる悲鳴から、目指す場所に近づいていることがわかる。人数は三人。声に混じって獣の唸り声が低く響いてきた。木々の間に人影が見えた。

 彼の思った通りアナンヤと幼い二人の兄妹だった。急勾配の崖のようになっている縁を背に、アナンヤが二人を庇うように立っている。彼らの視線が何者かに注がれているのはわかるが、丁度彼の位置からは木の影になって見えない。三人の足元には胡桃や栗が散乱していた。

 アオバは飛び出したい気持ちを押さえつけて、気取られないよう太い巨木の影から何者かを伺うと、熊ほどもある巨大な豹のような動物がじりじりと三人に近づこうとしているところだった。唸り声を上げる口から覗く大きな牙と、しなやかな体から伸びる前足に光る鋭い爪から、自分を襲った相手だと分かった。

 やはり自分を追ってきていたのだ。

 アナンヤの家族がここにいたということは、町からそう遠くはないということだった。幼い兄妹が一緒なのだ。子供の足で遠くまではいけない。

 そのことに思い至って初めて彼は自分の決定的な失態に気付いた。


 目の前では、巨獣が上体を低くし今にも飛びかからんとしている。アナンヤが獣から視線を逸らさないようにしてじりじりと後退っていく。必死に子供二人に声をかけ、気丈に励ます声がしかし震えている。

 三人の背後にある斜面は急で、ほとんど崖のようになっている。後ろを気にするアナンヤが二人を抱えて崖から飛び降りることを考慮にいれているのではないかとアオバは思った。もしそうであるならば、運よく落下の最中に細い木の枝にでも掴まれればよいが、失敗したらただではすまない。さらに、子供とは言え三人分の体重と落下の勢いを支えられるようなしっかりした木は彼の視界の中には見当たらない。

 それでも、このままでは万に一つも助かるはずがないことは誰の目にもあきらかで、だからこそ彼女は助かるために実行に移す可能性があった。もう一刻の猶予もない。


 ここで逃げるわけにはいかないとアオバは思った。三人を置いてはいけない。

 三人が今の状況に陥ったのは彼自身のせいだった。ここで無責任な真似はできない。自分の責任は自分でとらなくてはならない。

 追い払うだけではダメだ。

 頭の中で声がする。もし生きたまま逃がしてしまえば、他の誰かが殺されると直感的に悟っていた。これから冬がくる。もし冬眠しない動物であるなら、餌の少なさから最終的に人を襲う可能性が高い。冬であっても、人は狩りや薪を集めるために森に入るのだから。

 たとえ冬眠をするとしても、春になって目覚めたら、結局空腹から森の中で人を襲う未来も目に見えている。結局、誰かが犠牲になるのは変わらないのだ。

 ここで殺さなくては。

 彼は決断した。


 その瞬間、彼は考えるより早く弓に矢をつがえていた。視線の先で獣が身じろぎしたように見えた。

 一刻の猶予もないことを感じ取ると、練習してきた通りに構える。彼我の距離は百メートル以上ある。全力で弦を引く。

 大丈夫、落ち着いてやれば当てられる。

 アオバは集中するために一呼吸すると、再度息を吸って呼吸を止めた。目を凝らし、細大漏らさず視界に収めようとする。さらに全身に力を込めて矢を引き絞る。ぎりぎりと弦が音を立てた。

 十分に狙いを定めて頭部を打ち抜こうとした瞬間、豹のような獣が飛びかかろうと地を蹴った。一瞬で間合いを詰める。

 三人が恐怖に目を閉じるのと同時に、アオバは思うより早く矢を射た。

 放たれた矢は真っ直ぐに対象に向かって飛んでいくと獣の左前脚の付け根に刺さった。矢は美しい毛皮を貫いてしなやかな筋肉を抉った。

 突然の痛みに体勢を崩して、茶色の獣は三人の手前で地に落ちた。痛みに怒りを露わにし、咆哮を上げながら暴れた。

 とっさのことで急に狙いをずらさざるを得ず、それでも命中させることができてほっとしたのもつかの間、すぐに気合を入れなおす。

 本番用の矢と重さをそろえるために、木の先端にただ尖った石をとりつけただけの練習用の矢しか持ってきていなかったせいで、アオバの放った矢は硬い筋肉に阻まれて深くは突き刺さらなかった。これでは思ったほどの効果もないだろうと、アオバは焦りを押さえつけて次の矢をつがえた。矢筒には残り三本の矢。

 アオバはもう一度力いっぱいに弦を引き絞って、頭部めがけて矢を射た。驚いたことに、獣は即座に前足を振って矢をはたき落とした。

 獣の意識と敵意と怒りとが完全にアオバへと向けられた。彼は残りの矢を温存することに決めると、足元に落ちている手ごろな石を拾い、腰紐にかけていた投擲紐に手を伸ばす。敵の動きが見やすい場所に、音を立てないようにゆっくりと移動して、獣の死角から石を放つ。

 予想外の方向から飛んできた石に驚いてさらに獣は警戒を強めるのがわかった。

「走れ!」

 命中すると同時にそう叫んだ。

 何が起こったのか理解できず、緊張に体を寄せ合っている三人に向かって大声を張り上げる。誰かもわからない声の主を探して頭を巡らせるアナンヤの悠長さに焦りが募る。獣の視線がこちらの位置をしっかりと見据えている。

「早く!」

 叫ぶと同時に、体勢を低くしてじりじりと位置をずらしながらこちらの姿を確認しようとする獣に、再度石つぶてを飛ばすが、発した声で位置がばれていたのだろう、二度目は当たらなかった。しかし意識を完全にこちらに引き付けることには成功した。

 姿の見えないアオバの意図を察したように、アナンヤがハっとして振り向くとサラエを即座に左手で抱え上げ、バンクットの手を空いている右手で握ると一目散に走り出した。

 駆け出す足音に気付いて注意をそちらに戻される前に、振りかぶって獣に次の一撃を食らわせる。首筋に命中し、巨獣はその痛みに再びこちらを警戒して姿勢を低くした。自分がさきほど取り逃がした獲物であることに気付いたようだった。

 駆け出した親子三人が見えなくなるまで注意を引きつけなくてはならない。

 豹に似た姿から注意を完全に逸らさないように気を付けながら親子に目を向けると、抱えられたサラエの大きく見開かれた目と彼の目が一瞬交わったような気がした。

 



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