第33話水面に伏す

 静まり返った湖に一人と一匹だけが転がっていた。私は地面を這ってフォリンに近づく。呼吸の荒い彼からは血が滴っていた。地面に流れ出る温かいものが手につく。私はフォリンの首に抱き着いた。彼の体はどんどん縮んでいく。青い涙を大粒で流し、その体は透けていく一方だった。

「フォリン……」

 小さくなった体を優しく抱きかかえ頭をなでる。その時、後ろの森からガサッと音がした。

「誰?」

 振り返ると、あの日傘の女性が私を冷たく睨んでいた。私はアイスグリーンの目に吸い込まれてしまいそうだった。

「目障りだから、死んでくれる?」

 一瞬で私の目の前に現れると、勢いよく傘が振り下ろされた。何度も何度も衝撃が走る。

「私はあの男のすべてを消し去る。一族もろともね」

 義務に駆られたように彼女は傘を振り下ろしていた。

「……待って」

「は?」

「待ってよ!」

 彼女の手が止まった。

「あんた、彼の子供でしょ?」

 身に纏っていた黒いマントを彼女は湖へ放り投げる。腰のあたりに彼女の足が乗った。

「彼は! 妹さんのために今までずっと苦しんでた。あなた、以前エリダムの王女を名乗っていたでしょう?」

「だからなに? あいつはただの人殺しだから」

「エリダム一族が、小さな女の子を殺したんじゃない! 彼を変えてしまった」

「うるさい! 血の気のある血筋はそっちの方なんだから!」

「私は父親が誰であろうと関係ない。同じことは繰り返さないわ」

「本当かしら? 赤い目のコントロールも出来ないくせに」

 見下ろす彼女の顔は大きく歪んだ。

「そんな顔をしてもだめ。あんたの後は他の子供たちを殺すんだから、さっさと死んで」

 彼女の傘が血に染まっていく。沢山の叫びが宿っていた。

「そうやって罪のない命を、沢山殺したのね」

 油断したら遠のきそうな意識の中、私は必死に彼女を見据えた。

「ダーコイル一族の破滅。それが私の願いよ」

 振り下ろされる傘に消えかかったフォリンが向かっていく。瞬時に肥大化した体で彼女を湖に突き落とした。そして彼はまた倒れる。湖から彼女が這い上がり、力なく倒れるフォリンに近づいた。私にはまったく目もくれず、フォリンに傘を刺そうと振り下ろす。気が付くと私は痛む足で走り、彼女に体当たりしていた。そのまま私たちは湖に落ちる。嫌な痛みを伴った足は重りのように水中へ沈んでいく。もがく彼女を水中で強く抱きしめた。息の泡がお互いの口から溢れでるまで。

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