十万円移民

ネコ エレクトゥス

第1話

 先日NHKの衛星放送で『深夜の告白』というアメリカのサスペンス映画を放送した。監督が巨匠ビリー・ワイルダー、そして脚本にハードボイルド小説の神様レイモンド・チャンドラーが加わるという夢のような共演。この二人が組んでつまらないものができるはずがないという組み合わせ。期待して見た。案の定、面白かった。

 映画自体が面白かったのもさることながら、それよりも驚きなのがこの映画が1944年に公開されたということ。44年に公開するためには少なくともその前年に映画の企画が進行していなくてはならない。43年ということはまだ第二次世界大戦の行方が定まらず、アメリカ人兵士の戦死者も多く出ていただろうという頃である。そんな時にサスペンス映画を作ってしまおうという余裕がアメリカにはあった。そんな国とは戦争をしてはいけない。絶対に負ける。しかし今のアメリカと何という違いか。


 話は日本へ。僕はこのご時世でも自転車に乗る時はマスクをしない。自転車に乗っててウィルスをうつすもうつされるもないだろうと思うから。ただこの間たまたま自転車に乗ってた時に老人と目が合ってすごい目で睨まれた。この戦時体制に協力しないことに対する怒り。きっとあの戦争中も戦争に非協力的だとみなされた人はあの目で睨まれたことだろう。今の日本はあの目がすべてを覆っている。小説『1984』ならばこう言うのだろうか?

 Big brother is watching you.

 とにかく余裕がなくて猫に追い詰められたネズミのようだ、と言うべきか。完全

に負けパターンだ。


 杉原千畝という人は興味深い。そもそも彼はなぜリトアニア大使なのか。それは出世なのか、それとも厄介払いなのか。出世街道の王道を行っていたとはとても思えない。あの時代にユダヤ人にビザを発給するぐらいだから変わったところのあった人なのだろう。少なくとも時代の「常識」とは距離を置いていた人だったに違いない。だから罪人扱いされるユダヤ人たちにある種の共犯者めいた感情を抱いていたのではなかったか。私もこの時代の「常識」に対しては犯罪者である、という感覚。学校で杉原千畝の行為をたたえる授業をやってるのはなかなかひねくれた状況になっている。

 

 今度政府がくれるという十万円をどう使おうか考えてるときに杉原千畝のことを思い出した。寄付をするのなら寄付をするのでもいいけど、あの「目」にはやりたくない。それならいっそのこと十万円を移民させるか。どこへ。今は悲惨なことになっているが僕の愛したアメリカにあげるのも悪くはない。何かMade in USAの物でも思い切って買ってあげようか。

 

 

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