第15話 先輩の母親にバレる

「……え、ええと、今、なんと……?」


「だからなぜEDの振りをしているのかね? 下野透君」


 麗美さんはかけた眼鏡をキラリと光らせながらオレを見つめる。

 こ、これはもしかしなくても……ば、バレてる?


「ええと、な、なぜオレがEDでないと……?」


「そんなのすぐにわかるよ。私も伊達にプロではない。最初に君は私の体型、胸や特に今も見えそうで見えないぎりぎりのスカートのラインを見つめているだろう? 明らかに少し興奮した様子で異性に興味も持っている。それにズボンの下からでも君の物が僅かに反応しているのは分かる。君の年齢でEDというのも早すぎるしね。これらの状況を踏まえれば、君が嘘を言っているのはなんとなく分かる」


 参った。全て見透かされている。

 というか、彼女のあのきわどい服装に足を組んだポーズもこちらの心理状況を見る一つの作戦だったのか。

 さすがはプロ。対面した瞬間からこちらの症状を伺っていたのかと思わず感心する。


「さて、君のような年頃の子が自らEDというのなら、それは周りの状況か思春期特有の性質によるものだろう。周りがやたら異性を気にする性的な話題を振るのでそれが嫌で思わずそれを拒否するための方便としてEDを自称した。といったところだと思うが違うかね?」


「…………」


 驚いた。グウの音も出ないほど言い当てられた。

 麗美さんの指摘に思わず固まるオレに彼女は眼鏡を指で押しながら告げる。


「こう見えて心理学も学んでいるからね。知ってのとおり、EDは心理的要因が大きい。これくらいの推測は立てられて当たり前だ」


「は、はあ……さすがです……」


 思わず、そのとおりだと白状するオレに対し、しかし麗美さんはなぜか優しげに微笑む。


「まあ、君のような年齢ならばそうしたトラブルを抱えても仕方がない。思春期と言っても色々なパターンがあるからね。君のような性的な話題な接触を苦手とするのは当然だ。無論心の中では多少の興味はありつつも、それを口にできないのもおかしなことではない」


 ううむ、参った。

 完全にオレの胸中を言い当てられて一切の反論ができない。

 さすがにクリニックを経営しているだけあって、冬乃さんのお母さんは本物のプロのようだ。

 だが、感心するオレに彼女は思わぬことを告げる。


「ところで、この件を秘密にする代わりに一つお願いがある」


「お、お願いですか?」


「そうだ」


 お願いという言葉と共に身を乗り出す麗美さんにオレは思わず固まる。

 い、一体どんなお願いを? そう身構えるオレであったが、次に彼女から飛び出したのは意外なお願いであった。


「娘の――冬乃の友達になってくれないか?」


「……はい?」


 冬乃先輩の友達? それはどういうことだろうか?

 思わず戸惑うオレに麗美さんは告げる。


「娘はあの通り、幼い頃から私の真似事をしてな。同年代の男子を困らせたことがあった。そのおかげで女子からも敬遠されるようになり、気づくと冬乃は学校でも変わり者と孤立するようになった」


「…………」


 孤立。確かに言われて見れば冬乃先輩の性格や行動はかなり奇抜だ。

 あんなことを普段からやっているとすればクラスに馴染めないのは当然かもしれない。


「本人は気にした様子はないが、本当は友達が欲しくて仕方がないんだ。だから、君に絡んで君のEDを治そうと世話をしている。だが、本当は単に君に構ってもらいたいだけ。もっといえば君のEDを口実に仲良くなって友達を作りたいだけなんだ」


「友達……」


 その麗美さんの一言に先日の冬乃先輩の行動や、今日のやや強引にオレを引きずり回した経緯にもなんとなく納得が行く。

 ひょっとしたら彼女は本気でオレのEDを直そうとしているのではなく、その行動自体が目的だったのかもしれない。


「だからまあ、なんというか……娘と仲良くしやって欲しい。親バカですまない。その代わりと言ってはなんだが、君のEDの件は秘密にするし、月に一度私が診察してあげよう。それで周りへの言い訳にもなるし、折を見て私のクリニックでEDが治ったと周りに言ってもいい。どうだろうか?」


「…………」


 麗美さんからのその思わぬ頼みにオレは一瞬考え込む。

 確かにクリニックに通っていることにすれば、夏美さんや秋葉さんの過剰な不能を治そうとする行為から逃げる口実になる。

 それにここに通ったおかげで不能が治ったと周りにもアピールできるし、意外といい提案かもしれない。

 オレはしばし悩むがすぐに麗美さんのその提案に乗ることにした。


「分かりました。それじゃあ、ぜひお願いします」


「そうか! いや、助かった! これであの子にも友達ができるな」


 そう言って麗美さんはひどく嬉しそうに頬を赤らめ両手を合わせる。

 あ、この人、本当に冬乃さんを大事にしているんだなと感じた。


「それじゃあ、今日の診察はこの辺にしておこう。また何か相談があったらいつでも訪ねてきていいよ。もちろん、料金は無料にしておこう」


「ありがとうございます」


 オレはそのまま麗美さんにお礼を言って部屋を後にする。

 すると廊下には冬乃先輩が立っており、オレの姿を見るとトテトテと近づく。


「どうだった?」


「んー、しばらく通うことになりそうです」


「そうか。けれど、それならいつでも私がお前を迎えに行こう。母上にかかればお前のEDも必ず治るぞ」


「そうですね」


 思わず笑顔でそう告げる冬乃さんにオレも頷く。

 そうしてクリニックを後にする際、オレは冬乃先輩の方へと振り向く。


「そうだ。先輩、今後も先輩の部室に寄ってもいいですか?」


「へ!? わ、私のぶ、部室にか? そ、それはいいが……な、なぜだ?」


 戸惑うような先輩にオレは先ほどの麗美さんとの約束を思い出しながら告げる。


「先輩もオレのEDを治すよう協力してくれるんでしょう? なら、今後先輩個人にも治してもらおうかと会いに行こうと思うんですが、ダメですか?」


 そう告げるオレに先輩は一瞬、驚いたように息を呑むが、すぐさま嬉しそうに顔を輝かせる。


「い、いいや! そんなことはないぞ! そういうことならいつでも我が部室に来い! 歓迎するぞ! なんだったら母上の手を借りることなく、私がお前のEDを治療してやろう!」


「はは、それじゃあ、期待してますね。先輩」


 そう言ってオレは先輩を別れる。 

 別れ際、先輩は嬉しそうにオレに向けて何度も手を振っていた。

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