第7話 時として視覚より嗅覚が性欲を刺激する

「ええと、放課後の部室……ここか」


 放課後。

 オレは夏美さんより『放課後、部室に来てください』というメッセージに従い、部室の前まで来る。


 なんだろうか。また例のオレの不能を治すという夏美さんの作戦だろうか。

 まあ、それ以外は考えられないよな。

 しかし、それならなぜわざわざ放課後の部室に呼んだのだろうか?

 考えられる術としては……体操服か?

 普段とは異なる体操服というフェチズムかつ、どことなくエロさを感じさせるあの服でオレに迫る。

 な、なるほど。確かにそれは悪くない……というか、かなり危険だ。

 今の夏美さんならやりかねない。

 どうしよう。やっぱりこのまま帰った方がお互いのためにならないか?

 そう思い、引き返そうかと悩んでいると廊下の方から人が走ってくる音がし、そちらを振り向くと夏美さんの姿があった。


「……はぁ、はぁ……ご、ごめんね。透君……ま、待った?」


 そこにいたのは予想通り、体操服姿の夏美さん。

 だが、オレが予測できなかった部分があった。

 それは今まさに全力疾走で走ってきたかのように全身汗まみれで、体中から流れる汗が彼女の着ている体操服にベッタリと張り付き、薄い白地の奥に夏美さんの肌の色がほのかに見える点。

 それは通常の体操服よりも遥かにエロさを醸し出していた。


「な、夏美さん……そ、その格好は、ど、どうしたの……?」


「あ、えっとその、今日は部活で……そ、それでいつにも増して全力疾走してきて……」


「そ、そうなんだ……。それなら汗を拭いてから来てもよかったのに……」


「そ、それじゃあ意味がないよ! ……じ、じゃなくって! は、早く透君に会いたかったから……」


「へ、へえ、そうなんだ……」


 早く会いたかったとか。まるで彼氏にでも言うようなセリフに不覚にもオレはドキリとする。

 だが、オレの心臓の高鳴りは明らかにそのセリフだけでなく、目の前で汗に濡れた体操服を着る夏美さんの姿によるところが大きい。

 先ほど言ったとおり、汗によって彼女の服は肌にべったりとくっつき白地の下に僅かな肌色を見せているが、実はそれだけではない。

 汗によって彼女の胸の部分にほんのりとピンク模様のブラジャーが僅かに浮き出ていた。

 その見えるか見えないかの浮き彫りがこれまでにないエロさを醸し出している。

 あ、あかん! これは本格的にあかん!

 これまでのチラリズムもそうだったが、今回はそれプラスフェチズムに訴えるような状況で更にあかん!

 そんな状況の中、追い打ちをかけるように夏美さんがオレに近づく。


「そ、その……これ、どうかな……?」


「これって言いますと……?」


「その……この、体操服、とか……」


 そう言って汗まみれの状態で近づく夏美さん。

 だがオレはこの時、夏美さんの本当に武器に気づくことになる。

 それは体操服でも、汗によってほんのりと浮かび上がった彼女の肌でも、下着でもなかった。


 一歩、僅かにオレに近づいた瞬間に漂ったそれ――『匂い』である。

 先ほどから汗にまみれた彼女の匂いが僅かに鼻腔をくすぐっていたが、彼女が至近距離に近づいた瞬間、それはまるで爆弾のように炸裂する。


(ちょ、なんだよ、このいい匂い……!)


 本来、汗とは皮膚から出る分泌液であり、老廃物などを含む水分。

 それにいい匂いがするという表現はおかしい。

 が、事実として今、目の前にいる汗だくの少女――本城夏美さんが体操服の下から出す匂いに驚く程の興奮を感じていた。

 お、女の人の匂いっていうか……汗って、こんなにいい匂いだった!?

 それは汗だけでなく、彼女自身の匂いも含まれるというべきか。

 普段から柔らかい髪の中から匂いシャンプーとリンスのほのかな匂い、それと交わるような汗の匂いがフェロモンのようにオレの鼻腔を刺激し、目の前の夏美さんの匂いをもっと嗅ぎたいと思わせる魔性を醸し出していた。

 夏美さんもそれを狙っているのか汗まみれの体のまま、構わずオレの傍へと近づく。


 や、やられた……! 彼女の狙いはこれだったのか!


 わざわざ放課後を指定し、部活をやった後、体操服のままここへ来たのは汗によって肌や下着を見せつけるためではない。

 本当の狙いは彼女自身の匂い!

 これはまさに五感の一つ嗅覚を刺激する不能殺法!

 視覚ならば、目を閉じたり、視線を逸らすことで対処できる部分があった。

 しかし、匂いはそれとは全く別。頭でいくら理解していても視覚以上に鼻腔をくすぐる刺激に対処できない。

 夏美さんの体から匂い、ほのかな汗の匂い。

 部活後、たくさんの地面を走ったであろう土と砂の匂いがそれに混じっており、その既知感溢れる匂いが逆にリアルな興奮を与える。


 やられた。この状態のまま抱きつかれでもしたら、間違いなく不能という嘘がバレる。


 夏美さんの思わぬ作戦。予想を超えた行動にオレは本能で逃げなければと思いつつも体が動かず、彼女の匂いに囚われたまま完全に固まっていた。

 それはさながら花の蜜に囚われた蝶や蜂のように、オレはすでに食虫植物に囚われてしまった。

 そんなことを思っている内に、夏美さんの体は目の前まで迫り、あとほんの数ミリで体がくっつく。

 やばいやばい。ここで彼女に抱きつかれて、その匂いを直に嗅いだ日には……!

 オレは自身の完全なる敗北を悟る。

 ああ、夏美さん。あなたの勝ちですよ――。そう思い、諦めて瞳を閉じた瞬間、


「~~~~~や、やっぱりだめ~~~~!! こ、こんな汗まみれの格好のまま近づくなんて、で、できない~~~~!!」


 突然、夏美さんがそう叫ぶと慌てた様子でオレから離れ、汗にまみれた自分の体を両手で覆い隠す。

 え、えっと、なに?

 呆然とするオレが思わず一歩近づくと、それにビクリと反応するように夏美さんが叫ぶ。


「ま、待って! ち、近づかないでー! ご、ご、ごめんなさい~~~!! や、やっぱりいくらなんでもこんな汗まみれの汚い格好で近づくとか無理~~~!! と、透君! 今日はごめんなさい~~~! 今回のこと忘れてください! 特に私の汗の臭いとか忘れてください~~~~!!!」


 そう言ってとんでもないスピードで慌ててこの場から逃げ去る夏美さん。

 は、はえええぇ……マジで一瞬で消えた。さすがは陸上部のエース。というか、今のオリンピック記録並に速度出てなかった?

 そう思いつつもオレは絶体絶命の窮地から救われるのであった。

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