第5話

 我が校では五月頭に「球技祭」という行事が存在する。

 それは読んで字の如く、球を使うスポーツをする。

 一年生男子はサッカー、女子はバレーボールと一種目のみ。二年生男子はサッカーかバスケットボール、女子はバレーボールか卓球とどちらか一種目を選びとることができる。三年生も同様である。

 

 

 四月某日、金曜日、六限目、LHR(ロングホームルーム)


 俺が在籍するクラスでは今、氷室さんが教壇に立って自分たちクラスの球技祭スローガンを決めようとしていた。


「このクラスの球技祭スローガンを決めたいと思います。何かある人?」


 そう氷室さんが訊くと、一番廊下側の席に座っている女子が静かにスッと手を挙げた。


「保田さん」

「とりあえず頑張って初戦勝ち抜こう、みたいな?」


 そう発言した彼女、保田さんはやる気の無さが滲み出ている案を出した。運動部からしてみたら不真面目さがあり、イラッときた人がいるかもしれない。しかし入学してからまだ日が浅いので、文句をつけれる度胸がある人は出てこない。

 書記である東妻さんが保田さんの案を黒板に縦書きに記す。

 氷室さんは引き続き進行する。


「他にある人?」


 こう問うた後、数十秒の沈黙。堪えきれなくなった氷室さんは。


「えーと、じゃあ五分時間とりますので近くの人と話し合ってみて下さい」


 時間を設けたら少しずつ近くの人と会話するようになり、がやがやと騒がしくなる。なかにはスマホを使ってスローガン案を出そうとする輩もいる。

 決して ──この時間に限って── 先生に咎められることはないが、スローガン案を出すためにスマホを弄っているのではなく、ゲームをしているかもしれないという怪しい思惑もある。

 まあ高校なら中学までと違い義務教育ではなくなり、自由が効くようになるので小さいことは割り切って気にしないようにするしかない。

 五分時間が経ち、再び氷室さんが意見を訊く。


「では改めてスローガン案ある人いますか?」


 今度は一番窓側に座っている男子が手を挙げた。


「内くん」

「悔いのないように全力で楽しもう!です」


 氷室さんが今の案を黒板に書き終わるのを見計らうと、もう一度皆に確認する。


「他にはありませんか?」


 他に手を挙げる者はおらず、ふたつの案どちらかを選ぶ段階に移行する。


「ではこのふたつの案のどちらかをクラスの球技祭スローガンにしたいと思います」


 そう氷室さんが言うと、周りと相談する人たちが出てきて騒がしくなる。


「えー、では多数決を採ります。"とりあえず頑張って初戦勝ち抜こう"が良い人」


 書記の東妻さんが手を挙げた数を数えて保田さんが出した案の下に票数を記入。


「次に"悔いのないように全力で楽しもう!"が良い人」


 東妻さんが先ほどと同じことをする。

 集計結果を氷室さんが確認すると。


「多数決の結果、"悔いのないように全力で楽しもう!"に決まりました」


 そう言うとパチパチと拍手が起こり、書記の東妻さんと氷室さんが自席に戻り、川田先生が教壇に立つ。


「皆さんも知ってると思うけど、球技祭は五月の頭にあります。一年生はこれが初めての行事なので戸惑うこともあると思いますが、全力で楽しんで下さい。それで今日はもう特にやることはないのであと十五分程は自由時間にします。くれぐれも周りのクラスの迷惑にならないようにな」


 川田先生からの話が終わると、仲のいいやつらはかたまって駄弁りだし、ある者たちは黒板に球技祭に向けての意気込みを書きだした。

 そんな光景を俺はぼーっと眺めていたら。


「石嶺なにその顔。ウケる」

「?ああ、佐伯さんか。失礼だな、人の顔みてウケるなんて」


 佐伯さんが俺の席まで来て話しかけてきた。


「だってめちゃくちゃアホみたいだったから」


 佐伯さんは楽しそうにクスクスと笑いながら答える。


「佐伯さん球技は得意?」

「私?私はねー、普通かなー。人並みには出来る程度」

「へ~。何か意外」

「えっ、意外ってなによ。そっちこそ失礼じゃない」

「ごめんごめん」


 佐伯さんと雑談で盛り上がっていると氷室さんもやって来た。


「あっ、氷室さんお疲れ様」

「絢お疲れ~」

「うん、ありがとう」


 少しトーンが低い声で返ってきた。


「絢大丈夫?声に覇気がないけど」

「えっ、ううん大丈夫」

「氷室さんあとで俺のとっておきを奢るぜ」

「大丈夫だよ、そこまでしなくても」

「いいってことよ。初めて教壇に立ってクラスの進行役を努めたんだから初めてで緊張したでしょ?」

「そう、かも。じゃあお言葉に甘えて」

「おう!」

「あっ、じゃあ私からも何か奢るね」

「えっ!いいよ!咲のはべつに」

「ちょっ!なにそれ絢、ひどくない!?」


 氷室さんはクスクスと笑う。しかし今"さき"と言っていたが・・・。


「氷室さん、佐伯さんの名前って・・・」

「咲だよ。佐伯咲。言ってなかったっけ」

「うん、聞いてない。初耳」

「今更だけど、佐伯咲ね。よろしく」

「ああ、よろしく。石嶺雄大だ」


 佐伯さんと握手を交わす。佐伯さんの隣にいる氷室さんに目を向けると、頬を膨らませているように見えた。


「あっ、思い出したんだけどさ───」


 氷室さんと佐伯さんが雑談を再開し、俺はついていけない女子の会話だったので黒板を見ると、そこには黒板を埋め尽くさんばかりの色々なことが書かれていた。殴り書きで"ガッツ!"と書かれていたり、丸っこい字で"皆で楽しもう!"だったりとそこには球技祭に向けてのひとりひとりの熱い気持ちが伝わってきた。

 何だかそこには、高校でしか味わえない特別な何かが詰まっている気がした───。

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