第2話

 入学してから一週間。

 周りでいくつかのグループができはじめ、クラスの雰囲気が徐々に明るくなってきた。

 俺は特に積極的にクラスメイトと会話することもなく、静かに過ごしていた。

 授業では各教科の先生たちのやり方に慣れてきて、部活動では本格的に一~三年生全員で合わせて練習するようになってきていた。

 学校が徐々に活気付いていきたある日の放課後、俺はまだ教室にいて自席に座っているひとりの女子に気付いた。姿勢から察するに何か書いている様子。

 周りには誰もいない感じなので声を掛けてみることにした。


「何書いてるの?」

「んーとねっ、日誌だよ」

「ああ、日誌か」

「うん、そうだよ。それがどうかしたの?」

「ん?ああいやっ、遅くまで何してるのかなって」


 俺が話しかけた相手はこのクラスの委員長、氷室絢さん。彼女は黒髪のミディアムショートヘアで赤縁眼鏡・スクエアタイプを付けた美女。

 文字を書いている時の彼女は美しく様になっており、時折髪を耳に掛ける仕草は扇情的である。


「石嶺くんはどうしてこんな時間まで?」

「俺部活入ってなくて。家に帰ってもすることがなくて暇だから読書してたんだ」

「なるほどね、石嶺くんは本が好きなの?」

「うん、と言ってもライトノベルだけどね」


 肩を竦めて答える。


「ライトノベルかあ。私あまりオタク?の話はわからないけれど、たまにライトノベル読むよ」

「え、本当?」

「うん」


 意外。氷室さんが読んでるだなんて。俺の勝手なイメージだが、家に帰ったら親の手伝いをして、空いた時間は勉強にあてて、そういうのは興味ないと思ってた。


「あまり氷室さんがラノベ読んでるところ想像できないな」

「えーっ、そうかなあ?」


 彼女は少し照れ臭そうに頬を赤らめながら上目遣いで俺を見てきた。おっふ・・・。破壊力半端ないです・・・。


「う、うん。ところで日誌はもうすぐ終わりそう?」

「もう少し掛かるかな」

「わかった。邪魔してごめんね」

「ううん、話してて楽しかったから大丈夫だよ」

「そう言ってくれると助かる」

「うん」


 と彼女はとびきりの笑顔で答えてきた。

 陽もちょうどいい感じに落ちてきたので、荷物を持って帰ろうとしたその矢先。


「あっあの、石嶺くんっ」

「ん?」

「良かったら、一緒に帰らない?」

「いいよ。でもオレ自転車通学だけど」

「家近くて歩きなんだけど、ダメ、かな?」


 今度は瞳を潤ませながら上目遣いで俺を見てきた。

 こうされると弱るな・・・。


「っ、オーケー、大丈夫だよ」

「やったっ!じゃあ頑張って早く終わらせるっ!」


 と、とても嬉しそうな顔で日誌書くペースをあげた。

 氷室さん、喋ると性格が出ると言うか、黙っている時よりも凄くかわいいな・・・。


※※※


 教室から出て黒板側と背面黒板側のドアをしっかりと閉めた後、一学年職員室に向かい最後の者が帰ると報告し、下駄箱へと向かう。


「委員長一人だけで日誌書くの大変そうだね」

「うん、まあそうだね。でも慣れてきたら問題ないかも」

「そっか、なら慣れるまで俺手伝おうか?」

「えっ、いいの?」

「家に帰っても特にすることないからな」

「なら、お願いします」

「おう、任せとけ」


 下駄箱に着き、上履きから靴へと履き替える。


「そう言えば氷室さんって家どこ方面?西船橋?それなら俺とは逆方向なんだけど」

「ううん、妙典の方だよ」

「なら大丈夫だな」

「うん」


 駐輪場に着き自転車に荷物を乗せ鍵を開ける。


「じゃあ、帰ろうか」

「うん」


 俺は自転車に乗らず押して氷室さんの歩調に合わせ、車道側を自転車にして歩く。


「氷室さんは部活入らないの?」

「うん。あまり興味ないかな」

「へー、そうなのか。まあ委員長やってたら部活やる余裕ないか」

「石嶺くんはやらないの?」

「んー、やろうか迷ったけどやらないかな」

「そうなんだ。中学でもやってないの?」

「中学は陸上部だったよ」

「えっ!そうだったんだ!」

「うん。外部で野球やってた」

「えぇっ!凄い!高校もやれば良かったのに。陸上か野球」

「んー、高校ではやらないって決めてた」

「なんで?」

「まあちょっとな」

「ふーん、まあ好きな事やるのが一番だよね」

「そうだな」


 と話している内に橋へと差し掛かる。


「ここの橋さ、自転車登るの大変そうだね」

「大変だよ。地味に長くて傾斜もあってさ」

「でも中学の時運動してたからへっちゃらでしょ?」


 彼女は歩きながら俺の方にくるっと身体をまわし、後ろ歩きになりながら問うてくる。


「どうかな、数ヵ月運動してないからな」


 橋を登りきると、夕焼けでオレンジ色に染まった富士山が見える。


「あっ!みてみて石嶺くんっ、富士山!」


 彼女は俺の袖をクイクイ引っ張りながら無邪気に伝えてくる。


「おお、本当だ。綺麗だな」

「何か良いことあるかな~」


 なんて言いながら彼女は鼻歌を歌う。

 少し歩いていると徐々に下り坂へと変わる。


「ねえ石嶺くん」

「なに?」

「ううん。呼んでみただけ」

「?そうか」


 しばらく沈黙が流れる。

 黙って歩いていると下り坂も終わり、住宅街へと差し掛かる。


「私、右曲がるんだけど・・・。石嶺くんは?」

「俺はまっすぐだ」

「じゃあここでお別れだね」

「そうだな」

「バイバイ、また明日」


 彼女は身体の前で小さく手を振った。


「ああ、また明日」


 俺は手を振るのが照れ臭く、笑顔で返すのみだった。

 氷室さんと別れた後は自転車に乗り、自宅へと目指す───。

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