第5話 告白の返事~冬芭編~

 放課後。

 三崎さんが帰る間際、俺に一言「また明日ね?」と天使の笑顔を向けられ、心臓が高鳴りながらも返事をした。

 当然だが周囲からの不穏な空気が流れている。これは避けられない事だろう。これに関しては、三崎さんと友達になれたんだから甘んじて受けるしか無い。

 一つ不安も解消されたことだし、少しだけ気持ちが楽になった気がした。

 あと二人にも返事をしなければならない。そう考えると緊張感が高まって、花渕先輩や黒畑は俺の返事を受け入れてくれるのか不安はある。

 このあとは花渕先輩に返事をしようと決めていた。善は急げということで教室を出た俺は三年の教室へ続く階段を見上げた。

 当たり前だが俺より学年は上。教室へ行くのも覚悟がいる。しかも用があるのは高嶺の花と言われる花渕先輩である。二重の意味で心の準備が必要になってくるだろう。

 というか花渕先輩に会いに行くなんて難易度高くない?

 ヤバい。怖じ気づいて一歩も進めなくなった。

 とにかく深呼吸だ。

 ひっひっふー、ひっひっふー。

 ってこれラマーズ法だよ!?

 テンパって余計に一歩踏み出すのが重くなってくる。

 

「あら? 柏葉くん? そんな所に立ってどうしたの? もしかして私に会いたくて待っていたのかしら? それはそれで嬉しいわね」


「花渕先輩!?」


 階段を上るかどうか逡巡していた俺の情けない姿を花渕先輩に見られた。いや、この際それはいい。目的の人物である花渕先輩から声を掛けられたのは幸運だ。


「あの、花渕先輩に話があるんですが、い、いいですか?」


 心臓は張り裂けそうなくらい鼓動がうるさい。全然気持ちが楽になっていない。三崎さんに返事した時と同様に緊張している。


「それは勿論よ。むしろ待ち遠しかったわね。その様子だと告白の返事でしょ? なら私が告白した空き教室へ行きましょうか?」


 俺の雰囲気を察したのか、花渕先輩はくすりと笑みを零して先導する。

 後をついて行き空き教室へ入った。その場所は花渕先輩に告白された場所である。

 そして、前回と同様花渕先輩は窓際まで歩み寄り、窓を開けて外を眺めた。

 まるであの時の再現である。必然と俺の意識は花渕先輩に告白された事を思い出して、頬が赤くなる。

 今まで以上に心臓の音が大きく、花渕先輩に聞こえるんじゃないかと恥ずかしくなる。

 同時に不安が押し寄せてくる。


「あ、あの!」


「・・・・・・」


 花渕先輩は無言で振り返り、真っ直ぐな瞳で俺の瞳と交わる。窓から柔らかい風が吹いて、花渕先輩の綺麗な黒髪が靡く。落ち着いた雰囲気の花渕先輩だが、その瞳は不安げに揺れていた。


「花渕先輩に告白されたのは嬉しいです。でも・・・・・・すみません。俺、花渕先輩の事知らなくて・・・・・・適当な気持ちで返事するのも花渕先輩に悪いといいますか・・・・・・もし良かったらですが友達から、花渕先輩の事を知ってから改めて返事がしたいです」


 花渕先輩は一瞬だけ悲しげな表情を浮かべたような気がした。だけど直ぐに大人びた余裕な雰囲気を醸し出して、俺に背を向けて外を眺めた。


「・・・・・・」


 やっぱり直ぐに返事はない。

 どっちつかずな俺の答えはずるいのかもしれない。多分花渕先輩は俺に軽蔑したはずだ。

 しばらく経っても花渕先輩は沈黙したままで、俺は不安ばかりが募る。ビンタされてもおかしくないだろう。その時は甘んじて受ける覚悟だ。

 それから数分が経ち、花渕先輩は振り返り、俺と目が合う。その顔は少し怒った表情をしていた。


「柏葉くんが言いたいことはわかった。確かに柏葉くんは私のことは周囲の評価の事しか知らないわね。まずは友達から、それは無難な答えよね。だけど付き合ってから知ることもできるはずよね? どうして柏葉くんは『友達』から初めるのか分からないわ」


「そ、それは・・・・・・」


「いくつか理由を考えたわ。他に好きな人がいる。私のような高嶺の花に告白されるなんて何かおかしい。自分はアブノーマルな性癖だから私に軽蔑される。そもそも私の事が好きじゃない。考えられるのはこれくらいかしら。どうかな? 柏葉くんが思ってる理由はあるかしら?」


「えっと・・・・・・」


「無いみたいだね。他にも理由があるとしか思いつかないわね・・・・・・。いいわ。聞かないであげる。柏葉くんには好きな人もまだいないし、私のことを嫌っていない。それだけ知れば十分ね。ならまだ私にチャンスがあるという事よね?」


「は、はい・・・・・・」


「わかったわ。それならこれからの方針を変えるしかないわね・・・・・・」


 花渕先輩の表情はふっと笑顔へと変わり、理解の早さに圧倒されながらも、その笑顔に俺はドキッとした。

 花渕先輩は綺麗な人だ。俺には勿体ないくらいだ・・・・・・。

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