1-5 憤りと戸惑い

「んー、ここ風が気持ちいいねー!」


 そう言って大きく伸びをした旭は、ゆっくりと階段を降りてくる。


「へー、こんな穴場があったなんて全然知らなかったなあ。」


 風になびく髪を片手で押さえながら外を眺める姿は、まるでドラマのワンシーンだ。


「独り占めなんてズルいなあ。教えてくれてもいいのにー。」


 一段、そしてまた一段と近づいてくる。


「ありゃ?ご飯食べてないの?体調悪い時は食欲なくても食べなきゃダメだよー。」


 そして、ようやく俺の目の前に降りてきた旭は、ニカッと八重歯を覗かせて顔を近づけてくる。


「隣、いいかな?」


 その間、一歩も動けなかった俺は無言で肯定することしかできなかった。



 旭が隣に座ってきてから、しばらく無言の時間が続いた。実際はほんの2、3分程度だったのだが、俺には倍以上の時間に感じた。

 隣を見ると、旭は鼻歌まじりであやとりをしている。これは教室でもよく見られる光景で、あやとり以外にもルービックキューブやペン回し、果ては工作まで暇があれば常に手を動かしている。いつのまにか東京タワーが完成していた。

 そこから更に視線を下に移すと、少し短めのスカートから細くて健康的な脚を覗かせていた。

 すると俺の視線に気づいたのか、旭は俺の顔を見るなり急に内股にして、スカートを両手で押さえた。


「コラッ!いくら私が美脚だからって見過ぎでしょ!そんなに見られるとさすがの私もちょっと恥ずかしいよ。」


「す、すまん!そんなつもりじゃなかったんだ。」


「まさか、ふたりしかいないこの状況って…私ってばピンチなの!?タローくんって脚フェチ!?」


「いや、だから違っ「それとも、」」


 一瞬で距離を詰められたかと思うと、人形みたいに綺麗な顔が目の前にあった。


「私の靴に、何か付いてると思った?」


「…ッ!!」


「あははッ!そんなに驚かなくてもいいじゃん。あのとき履いてた靴は汚れたから捨てちゃったよ。」


 そう言って元の距離に戻ったあと、「ねっ?何も付いてないでしょ?」と、靴をプラプラ振って見せてくる。


 やられた。まさか旭から仕掛けてくるとは思わなかった。完全に向こうのペースだ。


「…なんのつもりだ?」


「んっ?なんのつもりとは?」


「まさか、お前から話を切り出してくるとは思わなかった。なんでわざわざそっちから会いに来たんだ?」


「やだなぁ、偶然だって言ってるじゃん。食後のお散歩してたら偶然この場所を見つけて、そこに偶然タローくんがいただけだよ。」


 そんなわけないだろと心の中で舌打ちする。旭もニコニコしてるだけで、本気で言ってるのかわからない。


「…あんなとこ俺に見られて、よく平然としてられるな。」


「別に、私は気にしないよ。もう終わったことだしね。」


 気にしてない?終わったこと?

 意味のわからない言葉に思わず目眩がした。会話が噛み合っていない。まるで、得体の知れないものと会話をしているみたいで寒気がしてきた。

 一度、大きく深呼吸をしてから、再度会話を試みる。


「…お前にいくつか聞きたいことがある。」


「イヤだ。」


「…なんだって?」


 あまりにも即答すぎて、断られたことがわからなかった。


「どうせあの夜のことだよね?言ったでしょ?あれはもう終わったことで、興味ないの。だからタローくんがなにを質問しても、私は答える気なんてないよ。」


 平然とした顔で言う旭は、本当に興味ありませんといった雰囲気で、あやとりを再開する。

 俺の顔は一瞬で沸騰したかのように熱くなった。


「終わったことだと…ふざけんな!!まだ何も解決してないのに、勝手に終わらせてんじゃねえ!それとも、あのときのことを全部警察に言ってやろうか?そしたらお前も興味ありませんなんて軽々しく言えねえよなあ!」


 気づけば、目の前の女の子を怒鳴り散らしていた。大声を出したのなんかいつぶりだろう。

 しかし、当の旭はどこ吹く風邪であやとりをしながら口を開く。


「んー、タローくんと私じゃ考え方が違うもんねえ。やっぱそうなるかぁ。」


「ああそうだ。お前の考え方は人として間違ってる。人ひとり死んでんだぞ!」


 瞬間、場の空気が変わった。


「…人として?」


 あやとりをやめてこちらを向いた旭の表情は、今まで見たことない表情だ。


「ねぇ?人としてってどういうことなの?私が人として間違ってるってことなの?それって…私は人じゃないってことなの?」


 そう早口で捲し立てると、じっとこちらの答えを待っている。

 背筋が凍った。

 目は大きく見開かれているのに、口は大きく弧を描いて笑っているから。少しだけ後ろに引いてしまったが、俺は負けじと言い返した。


「ああそうだよ。お前と話してると、理解できない怪物と話してるみたいで頭がおかしくなりそうだ。もしかして俺が間違ってるんじゃないかってさえ思ってくる。」


「かいぶつ…」


 ぼそっと呟いた旭は下を向いて黙り込んでしまった。表情が見えないため、怒っているのか落ち込んでいるのか確認できない。


(少し言い過ぎたか…)


 しばらくたっても動き出す様子がないため、少し不安になってきた。まさか、本当に落ち込んでるのか?いくら旭が異常だといっても高校二年生の女の子。怪物とまで言われてさすがに傷ついたのかもしれない。

 ていうか、ここまで言った俺は大丈夫か?いきなり襲われたりしないか?


「旭?」


 恐る恐る下から覗き込もうとすると、急に顔を上げた旭にびっくりして後ろの壁に背中がぶつかった。心臓が止まるかと思った。


「うん、タローくんいいね!」


「は?」


 罵倒されて「いいね!」とか、意味がわからん。

 さっきの雰囲気とは打って変わって、表情もいつもの笑顔に戻っている。

 旭はそのまま立ち上がると、階段を上り始めた。


「おいッ!待てよ!まだ話は終わってないぞ!」


「そんなこと言ったって、もうすぐお昼休み終わっちゃうよ?」


 腕時計を見ると、昼休みも残り5分くらいとなっていた。

 しかし、こんな中途半端な形で終わって納得なんかいくか。


「ああ、それから警察に言うのはオススメしないかな。」


「な、なんでだよ?」


「あんまりいい結末にならないと思うから。私も…タローくんも。」


「それって、どういう「それにしても、」」


 俺の言葉を遮った旭はドアの前で立ち止まると、後ろに手を組み笑顔で俺を見下ろした。


「タローくんってすごいね!俺が間違っているんじゃないかって言ってたけどさ、それって自分は間違ってないんだって絶対の自信があるから言ったんだよね?」


「えっ?」


「あー楽しかった!なんかこれからのこと色々と考えさせられちゃったな。それじゃ、またね。」


 旭は言いたいことだけ言い終わると、そのままドアを開けて出ていった。


 いい結末にならない?これからのこと?

 知りたいことがいっぱいあったのに、結果的にわからないことが余計に増えただけだった。

 だがそれよりも…


『それって自分は間違ってないんだって絶対の自信があるから言ったんだよね?』


 その言葉が、昼休みを終わってからも頭の中でずっと繰り返されていた。

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学校一〇〇な美少女たちに巻き込まれるお話 一ノ平 冬馬 @peitiki

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