1-4 迷いと偶然
「はぁい、みんな席に着いてねぇ。」
チャイムが鳴るとほぼ同時に、甘ったるい声と匂いが教室中に充満する。
「おはようございまぁす。今日もみんなの元気な顔が見れて先生うれしいわぁ。」
入ってきた人は、長い髪に垂れ目と口元のホクロが印象的な女性だ。
淡いピンクのレディーススーツに短めのスカートで、綺麗な脚を惜しげもなく見せている。大きく膨らむ胸元も、谷間が見えるか見えないかの位置にあり、腰もキュッと引き締まっている。そんな、パッと見グラビアアイドルみたいなこの人こそ我がクラスの担任、
ちなみに、年齢は永遠の二十歳。
「今日はねぇ?最初に聞いてほしいことがあるのぉ。知ってる人もいるかもだけどぉ、学校のすぐ近くで殺人事件があってぇ、しかも犯人がまだ捕まってないみたいなのぉ。コワイよねぇ。」
先生が言った殺人事件は、まずあれで間違いないだろう。「近くってマジかよ…」「わたし知ってるよー。」「えっ、捕まってないの?」など、様々な声が聞こえてくる。
さりげなく旭を見ると、隣の女子と話をしていて表情まではわからなかったが、やはりいつも通りに見えた。
「そういうわけだからぁ、今日からしばらく部活はお休みよぉ。アブナイからぁなるべく誰かといっしょに帰るようにしてねぇ。」
そこからのホームルームはいつもの流れに戻り、クラスのざわめきは一限目の授業が始まるまで続いた。
それから旭からのアクションは特になく、気づけば昼休みになっていた。みんな好き好きのグループに集まって昼食をとり始める中、未だに食欲のない俺は教室を出ると、ひとりで食べるときに使っている非常階段に向かった。だいたいひとりだけど…
ここは風通しがよくて夏場は涼しいし誰もこないので、静かにゆっくり過ごせる俺のお気に入りスポットだ。水を飲んで大きく息を吐くと、少し頭がスッキリした。
「…これからどうするかな。」
それは登校時、花見をした公園に寄り道をした際に考えついたことだった。
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「行ってきます。」
返事はもちろんないが恒例の挨拶を済ませると、まずは周りに人がいないか確認。それからゆっくり公園へ向かった。
公園へは何事もなく到着したが、案の定、廃材置き場の周りにはおなじみの黄色いテープが立ち入りを妨げ、無数のパトカー、数人の警察官と野次馬が集まっていた。
警察の封鎖は公園にまで広がって、とてもじゃないがバッグがあるか確認できる状況ではなかった。
やはりあのとき彼女が持っていってしまったのか、それとも別の人に盗まれたか、もしかしたら警察が証拠品で持っている可能性だってある。
そうなると、寄り道したもう一つの目的が頭をよぎる。
(やはり、警察に言うべきか…)
それは、夜中に頭が冷静になり始めたところでようやく考えついたことで、普通に考えたら家に帰ってすぐに110番通報するべきだったと思う。
もちろんあのときは恐怖で混乱してそれどころではなかったけど、通報を思いついた時点で携帯電話を手に取った。
しかし、俺は電話しなかった。いや、できなかった。
一つ目の理由としては、旭の殺人は立証できるのかということ。
仮に、俺が旭を通報したとして、彼女はあのとき実際に現場にいたのだからアリバイはもちろんないはずだ。
しかし、あのときの時間はだいたい深夜0時。大抵の人が寝ているのだから、ほとんどの人のアリバイは成立しない。あの時間は家で寝ていましたと嘘をついても、なんの疑問も抱かないだろう。
これが、突発的な殺人だったら多くの証拠が残っているかもしれない。
だが、確証はないが俺はほぼ間違いなく、あれは計画的な殺人だと思っている。もしそうなら、証拠なんか残さないように徹底しているのではないか。
それならむしろ、あのとき証拠品になりそうな物を残していたのは俺の方じゃないか。
これが二つ目の理由。真っ先に疑われるのは間違いなく俺だということ。
バイト帰りだとはいえ、あんな時間に外をうろつき、わざわざ遠回りをして人通りのない公園で、「今日はスーパームーンなんで公園でお月見してました!」なんて、少し考えただけでも俺が怪しさ満点じゃねえかって思う。
ましてや、殺人現場で「クラスメイトの女の子が制服姿で立っていました。」なんて、信じてくれるとは到底思えない。
親もいない独り身の俺が何を言っても聞き入れてくれないんじゃないかと諦めていた。
やっぱりここで警察に言うのはリスクがある。俺が殺したわけじゃないのにリスクとか、おかしな話だよな。
…ちょっとまて。
俺はあのとき、確かに水たまりの上を歩いたような音を聞いた。あれは血溜まりの上を歩いた音じゃないか。だとしたら、あのとき履いていた靴を調べるか、すでに処分していたとしても足跡くらい残ってるのではないか。
しかも、あのとき彼女の履いていた靴が学校指定のローファーだったら、更に大きな証拠になるかもしれない。正直、足元までは見ていなくて覚えていないが。
警察も最初は信じてくれないにしても、足跡という証拠があったなら、俺が証言した通りに彼女のことを調べざるを得ないのではないか。
もしそうなれば、証拠なんてそれ以外にも残ってる可能性だってあるし、ましてや女子高生の犯行なんて、優秀と言われる日本の警察が捜査すればあっという間に捕まえるだろう。
(だけど…)
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結局、警察に言うことはなかった。
こんなもの、推理でもなんでもない。ただの妄想だ。何も考えずに警察に言って保護してもらえれば報復の心配もないだろうし、いずれは本当の犯人も捕まって俺の疑いも晴れるかもしれない。
でも、それでも俺には「ああー!タローくん、はっけーん!」
突然、階段の上から聞こえた元気いっぱいの声。まさかと思い振り返るとそこには、
「あはっ!偶然だね。」
誰もが見惚れるような笑顔で、旭 優希が立っていた。
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