1-2 怯える夜と覚悟の朝
一睡もできない夜を過ごした俺は、小鳥のさえずりとカーテンの隙間から差し込んでくる光を見て、朝になったのだと理解した。
音を立てないようゆっくりと起き上がり、カーテンを開けた太郎は、眩しさに目を細める。空を見ても、昨夜の満月は当然ながら消えていて、もしかしたらあの出来事は夢だったのではないかとさえ…
(そんなわけねえだろ…)
都合のいい方向に考えてみたところで、
あれは間違いなく起こったことで、今でも鮮明に思い出せるし、小刻みに震える手がそれを証明していた。
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あれを見た後、俺は転がるように廃材置き場から飛び出し、全速力で走って家に帰った。そして、すぐさまトイレに駆け込み、夜に食べたまかないやお菓子を全て出し尽くした。
あの時は、もう一つの存在に気を取られていたとはいえ、目の前であれだけの凄惨な現場を目撃したんだ。その場で吐かなかっただけでも奇跡だと思う。
混乱した頭で何度も「あれは悪夢だ、俺は何も見ていなかったんだ。」と、自身に言い聞かせたけど、真っ赤に染まった地面、肉片を飛び散らかせたグチャグチャの顔、そして…
(旭 優希…)
場違いもいいところな、クラスメイトの
存在。その全てが俺の頭にこべりついて離れない。
トイレから出ると、すぐに玄関の扉や窓の施錠を確認し、着替えもせずに布団に潜り込んだ。
もしかしたら、俺が走って帰ってるときもあいつが後ろから追いかけてきていたかもしれない。いや、そもそも同じクラスメイトなんだから、家がバレてる可能性もある。そうなると、入念に殺す準備をしてから家に向かってくるかもしれない。
考えれば考えるほど呼吸も荒くなり、全身が震えだす。小さな音ですら身体が跳ね上がるほど怖かった。
どれだけ時間が経っただろうか。
もちろん恐怖感は消えていないし、今も怖くて起き上がることはできないけど、布団に
くるまって目を閉じていれば、段々と落ち着きを取り戻していった。
そこで初めて、あの場にいた彼女のことを冷静に考えてみる。
(あいつが人を殺したんだよな。
あの旭が…)
旭 優希は、学校で知らない人がいない
くらいの有名人だ。
綺麗な亜麻色のショートボブに少し細くて整った眉毛。スッとした鼻筋にくりっとした大きな目と、プルプルしたピンク色の唇。
性格は超がつくほど明るく、いつもクラスの中心で、誰とでも分け隔てなく接する旭は男女共に人気が高い。
そして、学校で有名人になった一番の理由は、太陽のように眩しいその笑顔だ。本人は気にしているらしいが、笑ったときにちょっとだけ出てくる八重歯が学校中の男子を虜にした。
そうして旭は見事、【学校一、笑顔がかわいい美少女】の称号を得た。
ちなみにこの情報は、1年生のときに同じクラスだった友人の情報であり、俺自身は彼女と関わりがない。同じクラスということもあり、向こうから話しかけられたことは何回かあるが、どれも一言二言で終わる内容だった。
そんな旭が、なぜ人を殺めたんだろうか。
なにか、よほどの事情があったのだろうか。あれだけ容姿の整った彼女だ。襲われそうになったところで、近くにあったバットで自衛のために殺してしまったとか。
(…いや、あの笑顔は違うだろ)
少なくとも俺の目には、仕方なく殺したようには見えなかったし、むしろ普段からクラスで見せる笑顔よりも自然な笑顔に見えた。
だからこそ怖かった。なんであんな状況であんな笑顔ができるんだ。あいつは、どんな気持ちで人を殺したんだ。
考えたところで理解できるわけでもないのに、脳が興奮していて、勝手に色々と考えてしまう。
そうして、俺は恐怖と思考の渦に飲み込まれながら朝まで過ごした。
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まずは戸棚からコップを出して水を入れると、勢いよく飲み干した。空っぽの胃に急に流し込んだせいで少しむせたが、それでも二杯目の水も同じようにがぶ飲みした。
空腹だが、食欲はもちろんない。しばらくは何も食べれそうにないなと思いながら、椅子に掛けている制服を見て、学校に行くかどうか一瞬だけ迷う。が、すぐに手に取って着替え始めた。
正直、外に出るのは怖いけど、今は誰でもいいから人の多くいるとこにいきたかった。
(それに、もしかしたら捕まってる可能性もあるし、その確認もしたいんだよな。)
今になってテレビを持ってないことや、ネットに繋がらない携帯を見て後悔する。
そして、着替えを済ませている最中にあることに気づく。
(あっ!そいえば、公園にバッグ置きっぱなしだった!)
あの中には財布も入ってるのに、ほんと
最悪だ。でも名前が分かるものは入ってないはずだし、もし旭があのときに俺だって気づいてなかったとしたら、中身を見て気づかれる心配もないだろう。と言っても、あのとき顔も見られたしばっちり目も合ったから望み薄だろうな。
ふと時計を見ると、いつもの登校する時間になっていた。
「…いくか。」
軽く深呼吸したあと、小さく震える手で
ゆっくりとドアノブに手を伸ばした。
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