第17話 ウルタールのお仕事

車の中で待っていると、時折悲鳴のような声が聞こえてくる。

何度目かの悲鳴が聞こえ、暫くすると、ハンカチで手を拭いながら爺が戻ってきた。


「お待たせしまして申し訳ありません、お嬢様、事情聴取を少々手伝っておりましたもので、遅くなってしまいました」

「お話しは、お済に成りましたの?」

「はい、一通りお話し頂けましたので」

爺はそう言って運転席に着く。


「では、お嬢様、参ります」

「ええ」

車を出すと、警官たちが敬礼して見送ってくれる。

伯爵家に対する敬礼なのか、爺に対する敬礼なのかは分かりませんけれど。


「それで、何か参考に成るお話は聞けまして?」

「はい、お嬢様、参考に成るかは存じませんが。警官によるとあの者たちは、このあたりのゴロツキでアヘン常用者だと云う話です。それと、意識の有る者に伺ったところ、アヘンの売人から依頼を受けたと話しておりました」

成るほど、ならその売人から辿れば、案外容易たやすくローレンスさんの事件までたどり着けるかも知れませんわね。

でも、そんなに簡単に事が運ぶかしら?

まあ、後はウルタール次第ね。



屋敷に着き玄関を開けると、お母様と道彦が勢いよく抱き着いてきた。

「心配しましたわ!怪我は有りませんの?」

「お母様どうなされたのです?」


お父様がやってきて説明する。

「先ほど警視庁から、小町と爺が暴漢20人に襲われたと、連絡があったんだ」

成るほど、案外仕事が早いわね。


「そうでしたの、大丈夫ですわ、怪我は有りませんわ。それに、爺がりましたもの心配いりませんわ」

「そう、本当に良かったわ、爺もご苦労様でした」

「はい、奥様」

取り合えず、お母様は安心したみたいね。

当然だけど、わざと罠に付き合った事と、私がバトルに参加した事は、ナイショにしておく。


道彦は、良く分かっていなかったみたいだけど、取り合えず何時もの頬擦りをする。

「お姉さまお帰りなさい」

「ただいま、ミッチー」


「それにしても、あのバカお兄様が最高のボディーガードを付けると仰ったのに、20人もの暴漢に襲われた時に居ないってどういう事でしょ!絶対許しませんわ!」

また、プンスカモードだわ。

なだめて置かないと叔父様はともかく、曹長さんに悪いわね。


「お母様、曹長さんは悪くありませんわ。爺が迎えに来ましたから、大使館で分かれて爺の車で帰ることにしましたの。何しろ、爺が居れば暴漢なんて怖くありませんもの、そうですわよね爺」

「はい、お嬢様」

「それに、叔父様が最高のボディーガードと仰ってたのも、間違いありませんわ。何しろ、爺が及第点を付けたのですから、ねえ爺」

「はい、お嬢様」

「そうなの?爺が及第点て余程の手練てだれね。まあいいわ、でも、お兄様には電話で文句言ってやるんだから!」



お母様をなだめた後、遅い夕食に御節おせちを食べ自室に戻った。

お嬢様モードOFF。

で、ベットへダイブ。

「ふうー、疲れたー」

お爺様が亡くなって以来、古武術の稽古はサボり気味だったからかしら。

ホント疲れたわー。


でも、未だお仕事終わって無いのよね。

ちょっと寒いけど、窓をほんの少し開けてベットで仮眠をとる。



深夜、お腹の上に感じる重みで目が覚める。

「ウルタール、お帰りなさい」

「にゃー」

ウルタールが頬擦りしてくる。

何となくだけど、何か見てきたと伝えてる様に感じるわ。


さて、お仕事の時間ね。

「それじゃぁ、ウルタールあなたの見て来た事を私にも見せて」

ウルタールと私の額を合わせて、魔力を同調させウルタールの記憶を辿る。


影像がぼんやり見えてきた。

風の騒めき、ひんやりした空気、そして匂い……味覚以外の五感が繋がっていく。

視界がはっきりしてきた。

あ、私の顔を見上げてる。

「ウルタール、公使を見張って」

「にゃー」


これは、大使館の裏でウルタールを放った時の光景ね。

もう少し先。

影像が早回しの様に流れる。

木の上から執務室の公使の姿を覗き見る。

怪しいそぶりは無い、まだ先ね

さらに進める。


公使がコートを羽織り、目深く帽子をかぶり大使館の外に出る。

こんな時間に?怪しいわ。

そのまま後を追う。


入り組んだ裏路地に入っていく。

塀の上に飛び乗り、塀伝へいづたいに後を追う。

さらに奥まった所に、人影が見える。

その人物は、フードを被っているせいか、顔は分からないけれど、体格から多分男ね。

公使はその人物に近付いていく。


フード姿の人物に公使が話しかける。

「随分と、用心深い格好だな」

「あん・は、不・心・ろ」

「公使であるワシを疑うものなどるまい、まして、手出しできるものなど」

「・ー・ンスが居・だ・う?」

「フン!」

フードの男の声が聞き取り難い、単に聞こえ難いんじゃない、魔術的な音声のジャミングだわ。

魔術の心得が有って、用心深い男……随分怪しい人物ね。


「それで、例の小娘の始末は?」

「し・じっ・・しい」

「なに!」

「心・す・な、後・・は・・て来・」

「フン!まったく使えん奴らだ」

「そう・・する・要もあ・・い、・んた・手・しで・・者は・な・んじゃ・・のか?」

「ああ、ワシらには不逮捕特権が有る、黄色い猿どもには手出しは出来ん、だが大使に詮索されるように成るのは不味い」

「で・、ど・・る?」

「暫く静観するしかあるまい、貴様が後始末を付けたのなら、直ぐに我々が疑われる様な事もあるまい」

「あ・、・・だな」

そして二人は別れて、フードの男は路地裏に消えていった。

ウルタールは再び公使に付いていく。

本当はフードの男を追いたいところだけど、これは過去の出来事だし、ウルタールには公使を見張る様に指示したから仕方が無いわ。


結局、フードの男が何をしゃべってたのかよく判らなかったし、何者かも判らなかったけど、公使が言った小娘って言うのは、多分私の事よね。

と云う事は、今日の襲撃事件は公使が指示したと云う事かしら、証拠はないけど……。

それと、後始末とか言ってたけど、何の事かしら……?

まあ、襲撃者たちがアヘンの常用者って聞いた時から怪しいとは思ってたけど、ともかく事件の第一容疑者は決定ね。


公使はこの後、再び大使館に戻り、自室で少し執務を行った後就寝した。

ここまでね。


ウルタールとの魔力の同調を解き、額を離す。

「有難うウルタール」

「にゃー」と一鳴きし、10円札に戻った。

通常の名前の無い猫の魔法陣なら、一度使えば消えてなくなる。

でも、この子はまた魔力を込めればウルタールの姿に成る。

使えば使うほど、繋がりは強く成ると云う話よ。

此れからどんな子に育つか楽しみだわ♪

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