第8話 事件は現場で起きてるのですわ!

何となく、のりで安請け合いしちゃった様な気もしなくも無いけど……。

このまま、手ぶらで乗り込んでも成果が無いかも知れないわね。

どうせなら、何か準備をしておきたいわ。


何にしましょう……。

いきなりバトルと云う事も無いでしょうから、戦闘よりも捜査に役立つものが良いわね。


「上村さん、宜しいかしら。ペンとメモ帳か何か、書くものをお持ちでは無くて?」

「書くものですか、えーと」

スーツのポケットをまさぐる様に探すと、内ポケットから万年筆を取り出した。

「すみません、万年筆は有るのですが、メモ帳の様なものは持ち合わせが有りません」

と、申し訳なさそうに万年筆を手渡してくれた。

「いえ、十分ですわ、お借りしますね」


しかし、どうしよう。

一応、憲兵手帳は有るんだけど……これってページを千切ったりとかしても良いものなのかしら?

そうだわ、あれを使いましょう!


はじめお兄様から貰ったお年玉の10円札。

これでも問題ないはずよ。

いつも通り、魔法陣を書き書き。

少しアレンジして、丁寧に、正確に、魔力を込めて……いつもより多く。

ふ~う、出来ましたわ。


「ほー、それが本物の魔法陣ですか、始めてみました」

上村さんが関心した様にのぞき込んでいる。

「あっ、こりゃ失敬、珍しいものでつい」


「いえ、構いませんわ。万年筆有難うございました」

と、万年筆を返す。

「いえ、此方こそ良いものを見せて頂きました。ときに、その魔法陣はどの様なもので?」

「それは、まあ内緒ですわ」


「そろそろ到着します」

曹長がそう伝えると、地上2階建てで赤レンガ作りの建物が見えてきた。


門を通され、車を降りる。

「さて、どうします、小町ちゃん。先に関係者から話を聴きますか?それとも、いちど事件現場を見てみます?」

もちろん、事件は現場で起きてるのですわ!


「そうですわね、先ずは事件現場を見せて頂こうかしら」

「分かりました、では此方へ」

と裏庭の方へ案内される。


「ミスター上村」

上村さんを呼び止める声。

呼び止めたのは、20代後半の背の高い紳士だった。

「ああ、これはストーカーさん」

「すまないミスター上村、新年早々この様な事でご協力頂き痛み入る」

「いえいえ、困った時はお互い様ですからな」

二人は握手を交わしながら挨拶をする。


「ミスター上村、此方のお嬢さんと彼は?」

「ああ紹介します、此方のお嬢さんは蘆屋伯爵閣下の御令嬢で、蘆屋小町様。今回の事件解決に御協力頂けることに成りました。あと、此方の男性は小町様のボディーガードの様なもので、舟木と申します」


「小町ちゃん、此方は二等書記官のジョナサン・ストーカーさんです」

と紹介を受ける。


「蘆屋伯爵閣下の御令嬢と申しますと、マスター・アシヤの……」

イギリスの人にマスターなんて呼ばれるのは、お爺様の事ね。

「お初にお目にかかります、孫の小町です、どうぞお見知りおきを」

袴の裾をつまんで片足を斜め後ろの内側に引き、カーテシー風に挨拶をして見せる。


「これはご丁寧に、二等書記官のジョナサン・ストーカーです」

ストーカーさんも胸に手お当てフォーマルにお辞儀を返してくれる。


「そうですか、あなたが……お噂は兼ねがね聞き及んでいます」

「あら、どの様なお噂か気に成りますわ」


「ハハハ、それでは私は公務が有りますので後程のちほど

言葉を濁しながら去っていくストーカーさんに軽く会釈をして、再び裏庭へ向かう。


「それにしても、流ちょうな英語ですねー、驚きました。最近の女学校では、それ程の英語を習うのですか?」

先ほどの会話が全て英語だったので、関心しているみたい。

「いえ、これはお爺様に教わりましたの」


「それよりも、私それほど噂に成っているのでしょうか?」

「ああ、その事ですか、いえあれはこういう事ですよ。帝都の魔術的なかなめだったマスター・アシヤの、その魔術を受け継ぐ後継者の事は、既に調べが付いているぞ!とまあ、いわゆる外交的な牽制ですな。今回我々に頼ることで、弱みを見せてしまいましたからね、侮られたくないのでしょう。だいぶオブラートに包んではいましたがね」

面倒くさっ!


「まあ、あまり気にし無いで下さい。そういう面倒なことは私が軽く受け流しますので」

「お願い致しますわ」


裏庭に着くと、一面の雪景色の中にシーツらしきものがかかった個所が二か所。

それと、それらを取り囲むようにスーツ姿の男が数人。


その中の一人が、此方を見つけて歩み寄ってきた。

「やあどうも、山田警部補殿ご苦労様です」

「これは、上村さん、随分遅かったですな」

「いやぁ、すみません、憲兵司令部に寄ってましたので」


ムッとした表情で私を睨む。

「それで、其方のお嬢ちゃんが例の?」


「ええ、蘆屋伯爵のお嬢さんで小町さんです」

「宜しくお願い致しますわ、警部補殿」

なんか感じ悪い人だけど、取り合えず大人の対応で感じよく挨拶してみる。


「フン、まったく、5歳児の戯言に踊らされた挙句、こんな小娘に捜査の助言を仰ぐなど、我々もとんだ迷惑ですな上村さん」

ああー、成るほど、これがお母様が言っていた虐めってやつか!


見下ろす様に睨んでいた視線を、おもむろに私の背後に向ける、すると怯んだ様に視線をそらせる。

何かしら?

後ろを振り向いてみると、曹長が物凄い形相で警部補を睨んでいる。

ひとにらみで怯ませるなんて凄いわね、さすが武闘派ね!


「少し宜しいですかな、警部補殿」

メガネを中指でクイッとしながら上村さんが話し出す。

老婆心ろうばしんながら忠告させて頂くが、その様な態度は改めた方が良いですよ」

「勿論、今後の御出世を考えてい無い、と言うのなら別ですがね」

何時もの明るい口調なのが返ってドスが聞いている。

さすが外務官僚だわ。


「現場はこっちだ」

居た堪れなくなったのか、雪の上に敷かれたシーツの方に歩き出す。

なんか、勝ったわ!

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