第6話 特務少尉

「ところで、さらわれた油小路あぶらこうじの御令嬢を救出したんだってね」

「ええ、梨咲りさちゃんは親友ですもの、当然ですわ」


「だけど、親父に聞いたんだが、そのおかげで微妙な立場に成って、正月早々駆り出されることに成ったんだろ。後悔してないのかい?」

愚問ぐもんですわ」

梨咲りさちゃんを助ける為に、私の魔術を人前に晒すことに成ってしまったけど、必要な事だったし後悔はないわ。

それに、叔父様の話だと、遅かれ早かれ軍に駆り出される立場に成ったでしょうから。


「ハハハハ」

その私の答えに満足したのか、それとも、自慢のオープンカーをかっ飛ばすのが楽しいのか、はじめお兄様は楽しそうに笑っている。


「そうだ、その事件と関係あるかは分から無いんだが、最近行方不明者が多発しているらしいんだよ。それも、油小路あぶらこうじの御令嬢と同じ様な名家の関係者がね。大店おおだな、政治家、華族、軍人と幅広く被害者が出ているらしい」

全く物騒な話ね。


「被害者は何人ぐらいですの?」

「俺も詳しくは知らないんだが、数十人って話だ。ただ、被害者は彼らの家族とは限らなくって、使用人とか出入りのものとか。まあ、あくまで関係者ってことらしいから、これらの事件に関連性は無いかもしれんがね」

そう有って欲しいわね。

黒川さんが何十人もの人を誘拐する理由は無いでしょうから、無関係だとは思いますけど。

もし、黒川さんの使ったのと同じ魔法陣を誰かが使って、その生贄にさらったとか……あまり考えたくはないわ。

生み出される無数のゾンビとか、そんなサバイバルホラーはゲームだけにして欲しいわ。


「小町ちゃんも、蘆屋家と言えば名家中の名家だから気を付けてくれよ。もっとも、小町ちゃんならどんな悪漢も、片手で一捻りしそうだけどね」

「人をゴリラみたいに言わないで頂けませんこと!」


そうこうしている内に、いかにも税金で建てました的な建物の前に着いた。

はじめお兄様が、守衛に身分証を呈示して敬礼すると門が空き、そのまま車で中まで入る。

「さあ、着いたよ小町ちゃん」


車を降り、はじめお兄様の後をついて建物の中へ。

はじめお兄様は受付の人と二言三言言葉を交わし、暫く待つと見知った人物が現れた。


「ご苦労様であります、西大尉」

諏訪すわさんがはじめお兄様に敬礼し、はじめお兄様も敬礼で返す。


「小町ちゃん、正月早々申し訳ない」

「いいえ、気にしていませんわ」


「では諏訪すわ中尉、小町ちゃんの事よろしく頼む」

「あら、はじめお兄様は付いて来ては、頂けませんの?」

「ああ、すまない、此処からは俺は部外者なんだ、それと俺も上官に呼び出されたくちでね。これから御機嫌伺ごきげんうかがいに行かねばならんのさ。それと近いうち、叔母様の機嫌が治ったころを見計らって、また顔出すよ。じゃあ」

そう言うと、踵を返して颯爽さっそうと去っていく。

それは良いんですけど……私帰りはどうすれば良いんでしょ。

まさか歩きってことは無いでしょうね、送って貰えるのかしら?


今度は、諏訪すわさんに連れられて憲兵司令官室と書かれたドアの前へ。

コンコンと諏訪すわさんがノックする。

「蘆屋小町さんを連れてまいりました」

「入れ」

と叔父様の声。


部屋に入ると、叔父様の他に3人の男性が居る。

スーツ姿の男性が二人、一人はメガネを掛け、いかにも官僚といった感じの男性、もう一人は大柄で精悍な感じがする。

そしてもう一人は軍服を着た男性なんだけど、異彩をはなっているわ。

右手は金属製で、二本の鍵爪の様な形状の義手を装着していて、

左手にはステッキを持っているから、多分足も悪い様ね。

戦場で怪我をされたのかしら?


「正月早々すまんかったな」

「気にしていませんわ、叔父様……あら、叔父様はいけませんわね。憲兵司令官殿とお呼びした方が良いかしら、それとも中将閣下かしら?」

「止してくれ、堅苦しいのは苦手だ、いつも通りで構わんよ」

「はい、叔父様」


叔父様がマホガニー制の机の引き出しから何かを取り出した。

「まずは、これを渡そう」

と、手帳の様なものを渡される。

「これは?」

「憲兵手帳だ、小町の身分を保証するものだから、何か有った時はこれを呈示してくれ」

渡された手帳には憲兵手帳と書かれている。

表紙をめくり、中を確認する。

『憲兵司令部 魔技取締分隊 特務少尉 蘆屋小町』

とある。


「叔父様、特務少尉って……」

「軍務に従事する以上階級は必要でな、一応特務少尉とあるが、階級的には少尉と同等だと思ってくれ」


「さて、そうだな、彼らを紹介せんとな。この義手の男は土御門泰晴つちみかどやすはる中佐、彼が魔技取締分隊の分隊長をしておる。名誉の負傷で、この様な厳つい姿ではあるが、軍人らしからぬ温厚で気さくな男だ。何かあればこの男に相談すれば良い……と言いたい所なんだが忙しい男でな。彼が不在の時は諏訪すわ中尉に相談してくれ」

諏訪すわとは知り合いだったな、一応紹介しておくと、彼女は魔技取締分隊の副官だ」

土御門中佐がこちらに歩み寄ってきて、器用に義手の2本の鍵爪の間にステッキをはさむ様にして持ち替えて、左手を差し出してきた。


「これからいろいろ世話に成る、よろしく頼む、蘆屋特務少尉」

整った顔立ちと義手がアンバランスな雰囲気を醸し出している。

「いえ、こちらこそよろしくお願いいたしますわ」

左手で握手をする。


でも、なんかその呼ばれ方しっくりこないわ。

「ですが……軍には軍のルールーがお有りかと思うのですが、蘆屋特務少尉という呼び方は、どうにかして頂く分けに成りませんの?」

ダメもとでお願いしてみる。


「ではどの様に?」

「そうね、小町とか小町ちゃんとか、何ならこまっちゃんとかでも宜しくてよ」

「はははは、では公務に関する場合以外は、小町ちゃんと呼ぶ事にするよ」

叔父様の仰る通り、気さくな方みたいで良かったわ。

人を見かけで判断してはいけないわね。


「次に背広の大男の方だが、舟木博ふなきひろし曹長だ。訳け合って今日は背広を着ているが、彼には今後、小町の身辺警護をしてもらう」

一歩前に出て「ハッ」と敬礼する。

「この男は掘り出し物でな、以前は関東軍で馬賊ばぞく相手に度重なる戦果を挙げていたんだが、不正を働いた上官を半殺しにして2階級降格された挙句、独房に入ってるところを引き抜いたんだ」

「中将閣下その話は……」

曹長さんが困ってる。


「まあ、その上官とやらは儂が処断したがな、ガハハハ」

つまり、叔父様が好きそうな武闘派ってことね。


「見ての通り堅物だが、信用も置けるし腕も立つ。まあ、小町の良い様に使ってやってくれ」

直属の部下ってことかしら……14歳の小娘の分際で、部下を持つとかやり難いわー。


「よろしくお願いしますわね」

「ハッ、特務少尉殿、この身に変えまして!」

あれ、さっきの話聞いてなかったのかなー?


「先ほどもお願いしましたけれど、小町もしくは小町ちゃんとお呼び頂けませんこと?」

「流石に、上官に対して呼び捨てや、ちゃん付けはその……」

まあ、軍人さんの習慣と言うのもあるでしょうから、仕方ないわ。


「まあいいわ、おいおい変えて頂けると嬉しいですわ」

「じ、尽力致します」


「最後に、彼は外務省欧米局第二課の上村晋作うえむらしんさく課長だ」

やっぱり軍人じゃなく官僚さんだったのね。


「まあ、正月早々小町を呼び出す事に成ったのは、この男が厄介な問題を持ち込んできたのが原因でな」

「ハハハハハ、中将閣下人聞きの悪い、私が事件を起こしたわけじゃ無いんですから」

この人も、見掛けほど堅物な官僚さんってわけじゃ無さそうね。


「おっと、すまんこんな時間だ。急いで会議に向かわねばならん。事件のあらましや、仕事内容については中佐が説明してくれ」

「承知しました」


「小町、本当にすまんかったな。近いうち、しずかの機嫌がが治ったころを見計らって詫びに行くと、そう伯爵殿に伝えておいてくれ」

そうはじめお兄様と似た様なセリフを言って退室していったわ。

やっぱり、似たもの親子ね。

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