第145話●誓い願う心が大切〈終話〉
「君ならそう言うだろうと思ったよ」
少し緩んだエドワードの手から左手を抜き取って胸の前で反対の手を重ねて握り、ここに
「それはそうですわ。私とエドワードが署名したことも、その書類が受理されたことも間違いないことなのですもの。例えそれをなかったことにしようとしても、私達がその事実を知っていることは確かなことです。
それに何より、民の指標であるべき貴方は誰よりも正しくあるべきですわ」
エドワードはトライネル王国の国王。
自分の感情を優先して間違った行動を取ることがあってはいせませんわ。
私を見下ろすエドワードの真剣な顔を見つめ返し、私は両手にさらに力を込めました。
とても静かでした。
教会の入り口の扉はいつのまにか閉じられていたようで広場の喧騒が
やがて、ふっと笑みを浮かべたエドワードは私を両腕で包み込むように優しく抱き締めてくれました。
「ありがとう」
落ち着いた声が耳元で聞こえました。
そしてそっと体を離して再び顔を見合わせると、少年のように明るく嬉しそうに笑いました。
「さすが私のロゼリアーナだ。もちろん私も間違ったことをするつもりはないよ。それに始めに言ったことは本当だ。私の妻は君しかいない。もちろん世継ぎを生んでもらうのもね」
「え?でも…」
私達は既に夫婦ではないし、再婚も出来ませんわ。
エドワードの言葉の意味がわかりません。
胸元の手は無意識にネックレスを掴んでいました。
「私はロゼリアーナを愛している。君も私を愛していると言ってくれたよね」
頬に手を添えられて尋ねられた問いには頷く以外の答えはありません。
私の答えに目を細めたエドワードも頷き、頬から手を下ろすと腰の後ろへ回して私を振り向かせて、お父様達の前へ並んで進みました。
「トライネル王国辺境伯爵ユリシウス・メイナ・パラネリア殿、貴殿の息女ロゼリアーナ嬢と、私、エドワード・ダ・ラル・トライネルとの婚姻を改めて認めていただきたい」
「!?」
エドワードが驚くようなことを言うので隣を見上げると、なんとお父様に……頭を下げられました!
一国の王がそのようなことを!と私は慌てて止めようとしたのですが、反対にエドワードが腰から外した手で制止されてしまいました。
「頭をお上げください。先日も申しました通りそれは本人の意思に任せます。娘が幸せになれる選択であれば応援するのが親の務めです。ただし、次はありません」
お父様を除いて他の皆はいつの間にか私達の後方に移動していたようで、エドワードが頭を下げたのはお父様だけのようでした。
しかし、国王に頭を下げられたことをお父様は全く気にしていらっしゃらないとは…。
その、国王が頭を下げるというあり得ない行動に衝撃を受けていた私は、お父様がエドワードに返された言葉を聞いておりませんでした。
「心得た。婚姻の申し込みを受け入れてもらい感謝する」
今度は浅い礼でしたが、私は制止されたままの格好でそれを見ておりました。
その私に向き直ったエドワードがホセルスに目配せをすると、彼は柱の裏側へ向かって行って姿を消し、再び戻って来ると手にしていた紙をエドワードに差し出しました。
「ロゼリアーナ、トライネル王国の教会では離婚したことになっている私達でも、別の国の教会でならもう一度結婚することが出来るのだそうだ。
このモチェスがあるカラネール王国では同じ町に2ヶ月以上滞在することで住民権を得ることが可能なんだ。もちろん有力者からの推薦や保証も必要だけどね。そしてこの国に住民登録した者であれば、この国の教会で結婚することが出来る。何より私達の残念な手続きの件については極一部の人しか知らないことだから問題ない」
ホセルスから受け取った紙は私とエドワードの名前がそれぞれ書かれた住民証明書でした。
「ロゼリアーナは既に住民権を持っていたから良かったんだけど、あとは私のものが必要だったんだ。ホセルスに頼んでランボルト殿に推薦していただく形で手配してもらっていたんだよ」
「そのようなことが本当に許されるのですしょうか?私達はトライネル王国で離婚してしまいましたのに?」
「そのトライネル王国の国教会の大司教が教えてくれたんだよ」
『この度の書類の受け渡しはお互いの不馴れな者同士による不幸な偶然が重なったもの。貴きお方が自らお名前を記入されたものが、本来あるべき場所に保管されていないのはこちらの失態。供にあるべき夫婦が離れる必要などありません。私共の管理する書類はトライネル王国国内のもの。他国の教会の書類の内容など見ることはありません。そして、神の目には国境などはありません。祭壇の前で誓い合う男女には等しく祝福をくださいます。互いが供にあろうとするのであれば書類の有無より誓い願う心が大切なのです。神が認めたものを我々人間が否定することなど出来ません。願わくばお二人に
前王妃マリーテレサ様経由で届けられた大司教様からの手紙に書かれていたそうです。
エドワードの話を聞いていても驚くことの連続で思考がなかなか追い付かなかったのですが、私を見下ろすエドワードの碧眼を見つめているうちにふと気付きました。
「それはつまり、私はエドワードの隣にこうして供に立ち続けても良いと言うことなのでしょうか?」
「あぁ、私もそうであって欲しい」
恐る恐る尋ねた私の問いに力強く頷いたエドワードは、私の胸元の両手を取ると指先に唇を寄せてそう答えてくれました。
その言葉を聞いて感情が込み上げてきた私の視界は
エドワードの隣で彼を愛し続けることが出来る。
歓喜の感情が
「ロゼリアーナ、泣くのはまだ早いよ」
***
お母様とマリーテレサ様がデザインしてくださったと言う真っ白いウェディングドレスに着替えた私は、同じく白い騎士服に着替えたエドワードと二人で祭壇の前に進みます。
エドワードの腕に乗せたのとは反対の手に持つブーケと同じ、重なったレースで出来たスカートに刺されたいくつものピンクの薔薇の刺繍が、歩くたびに私の足元で楽しそうに揺れています。
半円状の壁面に作られた黄金の祭壇には、後方の入り口の上にある大窓から茜色の夕陽が差し込み、
その祭壇の前で向き合うとエドワードは膝をつき、私の左手の指輪にキスを落とて宣誓しました。
「私、エドワード・ダ・ラル・トライネルはロゼリアーナ・メイナ・パラネリアを妻とし、生涯愛し続けることを誓います」
私も立ち上がったエドワードの左手の指輪を持ち上げてキスをして宣誓します。
「私、ロゼリアーナ・メイナ・パラネリアはエドワード・ダ・ラル・トライネルを夫とし、生涯愛し続け供にあることを誓います」
数秒見つめ合いエドワードが顔を近付けて来ると私は目を閉じました。
誓いのキスを交わしたちょうどその時、それまで祭壇に当たっていた夕陽が私達の横顔にかかり、目を閉じていても眩しさを感じるほどでした。
目を開けてお互いを見ると、夕陽と祭壇から反射する光に両側から挟まれ、輝く世界に二人きりでいるかのような錯覚を覚えて笑みが浮かびました。
『はざま』のような薄暗い世界でも、多くの人々が集まる光輝く世界でも、
この日、モチェスの教会に提出された婚姻届けには、夫からの強い希望により夫婦同姓の署名がされていた。
夫、エドワード・ダ・ラル・トライネル
妻、ロゼリアーナ・ダ・ラル・トライネル
(完)
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つたない文章で読みづらいところもあったと思いますが、最後まで読んでくださりありがとうございましたm(_ _)m
「王妃でしたが離婚したので実家に帰ります」はこれで完結です。
あの人、この人、気になる人達のその後など、書きたかった話もありましたが、主人公そっちのけ感が強くなりそうでしたのでここで終わらせていただきました。
そのうち書き足すかもしれませんがそれは追々。
毎日読みに来てくださった方々に改めて感謝いたします。
金色の麦畑
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