第144話●ホセルスの連絡
高い天井に作られた窓の形のままに降り注ぐ日差しが、足元の床石まで続くいくつもの光の筋になって輝いています。
外の明るさに慣れた目が暗闇を感じたのは低い天井の入り口をくぐった時だけで、その先の広く高い空間に広がる光のカーテンと、その光を受けた様々な彫刻が見せる陰影の美しさにほうっとため息が出てしまいました。
「これは美しいですね……」
「本当に……。私達はとても素晴らしい時間に来ることが出来たようですわね。こちらへ誘ってくれたホセルスに感謝しなくてはいけませんね。ありがとう」
「私も驚きました。荘厳な建物だとは思っておりましたが、これほど見事な芸術的な面も合わせ持っていたとは」
しばらく視線を動かしながら内部を見ているうちに目が慣れて来たのか明暗をあまり感じなくなり、影と同化してわからなかった柱の位置も見えるようになりました。
端を進んで正面の祭壇の前まで行こうとすると柱の向こう側から現れた人がいたようで、ぶつかりそうになりました。
「おっと、失礼!」
「い、いえ、こちらこそ失礼いたしました」
お互いにぶつかる半歩手前で立ち止まったので私の前には声の主の胸元があり、声は頭上から聞こえて来ました。
慌てて数歩下がり顔を上げたのですが、相手を見た驚きのために動きが固まってしまいました。
「エ……?」
「……ロゼリアーナ!……ホセルスッ」
突然現れたエドワード様が私を見て驚き、後ろにいたホセルスに視線を移すと眉をひそめました。
「エドワード様は手足を複数お持ちのようでしたのでいくつかお借りしました。他への連絡も滞ることがなかったようですね」
「あぁ、さすがホセルスだね。私達も来たばかりだよ」
後ろから足音と共に聞こえて来た声に振り返ると、こちらへ近づいて来られるお父様とお母様がいらっしゃいました。
再び前を向けば私を見下ろしているエドワードが困惑した表情をしています。
「エドワード?」
「ロゼリアーナ会えて良かった。驚かせてしまってすまない。だが、今のこの状況は私にもわからないのだけれどホセルスどういう事かな?」
「そうですね。昨日はエドワード様には今日こちらへ来ていただくようお願いしただけですからね。今日の午後から夕方まで教会の使用許可をいただきました」
それを聞いたエドワードは一瞬目を見開きましたが、深呼吸をすると何かに納得したように頷きました。
「私達は昨夜遅くに連絡を受け取ったからね、今日は朝早くから屋敷を出て来たんだよ」
「はい、辺境伯様には突然の連絡で失礼いたしました。まさかこのようにうまく同じ時間にお集まりいただけるとは思いませんでした」
ホセルスがエドワードやお父様、お母様をここへ呼んだようなお話に聞こえましたけれど、私達は偶然この教会を訪れたのではなかったようですね。
エドワードとお父様がホセルスと話を続けておられるのを見ていましたら、後ろからアムネリアがボソッと聞いて来ました。
「ロゼリアーナ様、どうして皆様がこちらにお集まりになっていらっしゃるのでしょうか?」
「私にも良くわかりませんが、ホセルスが昨日の内に連絡していたことは確かなようですわね」
「昨日の内にですか……?」
「どうしました?」
「申し訳ありません。ロゼリアーナ様が昨日お話ししてくださったことをホセルス様にも相談してしまいました」
「え?」
昨日アムネリアに話したのはお世継ぎの件ですわよね?
それを聞いたホセルスがこうして皆に来てくださるように連絡を?
わざわざモチェスにまで呼び出すなどとはどういうつもりなのでしょうか?
「ロゼリアーナ、アムネリア、この教会はいつ来ても素晴らしく落ちつかせてくれる場所ですわね」
すっと私の横に並ばれたお母様がのんびりと賛同を求められた内容に首肯しました。
「本当に。特に今は素晴らしい時間帯ですわね。ところでお母様達はどのような理由でこちらへいらっしゃったのですか?」
「ふふふ、ホセルスから呼ばれたからよ?」
お母様、その呼ばれた理由が知りたいのですけれど。
「でもね、連絡をして呼んでくれたのはホセルスですけれど、当事者としての説明してくださるのは別の方よ」
ほら、と言われるように向けられた手の先には、話が終わったのかこちらを見ているエドワード達がいます。
目が合うとエドワードは一人でこちらへやって来て、私の左手を取ると指輪にキスをしてくれました。
「ロゼリアーナ、トライネル王国の世継ぎを生むのは君しかいないよ。身を引くとか考えないでくれ」
左手を握るエドワードの力は強く、発した言葉への否定は許さないと言わんばかりに握り締められています。
それでもやはり無理なことは無理だと口を開こうとしたのですが、その前に言葉を重ねられてしまいました。
「でもっ…」
「リカルドが王都の国教会に出した書類は、彼が手続きする場所を間違えた為に庶民用のファイルに綴じられていたそうだ。そしてその庶民用のファイルは、どうやら保管中に書庫のどこかに粉れて見失ってしまったみたいだよ。
つまり王室や貴族専用のファイルには私達が署名したものは婚姻届けしか綴じられていない。これではまだ私達は夫婦と言ってもいいようなものじゃないかな?」
「それは詭弁ですわ。教会へ提出して受理されたことに変わりはありませんもの」
教会が離婚申請書を受理したことはこちらも証明書をいただいておりますので紛れもない事実ですわよ?
「君ならそう言うだろうと思ったよ」
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