第143話●空気にも透明感

 赤ちゃんについて調べているうちに気付かされ、考えたことについてアムネリアに話を聞いてもらいました。


 生まれてしまった気持ちを無くすことは出来ないけれど、整理することはゆっくり時間をかければ出来ないはずはないと思います。


 これから先、お父様やお兄様とともに『薄闇の森』の守り手として、お屋敷でなくともこの辺境伯領で穏やかに過ごして行けば、いつかは……。


 エドワードの気持ちを確かめることしか考えておらず、現実問題として確かめたその先に起こりうる問題については思い至ることが出来ていなかった自分が恥ずかしいです。


 でもこうしてルーベンスとシェイラのお陰で早いうちに気付けたことは幸いだったのかもしれません。





「ロゼリアーナ様、おはようございます。

 今日は空気にも透明感があるほどに良い天気になりましたよ」


 急激に日差しが入り込まないよう少しずつ開けてくれたカーテンの向こう側、窓ガラスを通り抜けた朝日が室内を白く輝かせていきます。


「昨日の雨で空気中のチリがなくなったようですわね。眩しくて目がチカチカします」


「はい、私もです。目蓋を閉じても白い光が残るほどですね。昨日とは打って変わってお出かけ日和びよりです」


 少し目を慣らし、ベッドから下りて立ち上がると頭がくらりとしました。


「……!……ふぅ」


 考え過ぎてしまい、あまり寝られなかったので寝不足気味のようですわ。


「ロゼリアーナ様、どこか具合がお悪いのですか?」


「少し寝不足のようです。ごめんなさいね、もう少し横になりますわ」


 もう一度ベッドに横になると、日差しのぬくもりが心地よくてそのまますんなり眠りに入ることが出来たようです。



 ***



 朝食前にロムルド様への連絡をアムネリアがしていてくれたので、昼食の折りに体調を心配されてしまいました。


 ただの寝不足とお伝えしもお二人から引き止められそうになりましたが、大丈夫であることを繰り返して、ようやく町へと出ることに成功いたしました。


「さぁ、アムネリア、ホセルス、今日もよろしくお願いしますわね」


「はい、お任せくださいませ。でもくれぐれもご無理はなさらないでくださいね」


「ロムルド様からも念押しされましたから、具合が悪くなる前に言うように気を付けますわ」


「先日のような駆け足ではなく、のんびりとお店を見て回りましょう」


 真剣な表情で言われたアムネリアの言葉に笑って頷き、ホセルスを見るとあごこぶしを当てて何かを考えている様子です。


「ホセルス?どこか行きたいところでも決まりましたの?」


「あ、はい。いえ、お二人の行きたいところへ向かってください。途中で気になるところでもあればお声を掛けさせていただくかもしれません」


「ホセルスがそれで良ければ行かせてもらいますわ。見たいところがあれば遠慮なく呼んでくださいね」


 アムネリアに渡した侍女長からのリストにはまだ消されていないものが多く、厨房長のリストはほとんど手をつけておりません。


 数が多かったので店名を指定された品を先に購入していたのですが、これだけ数があるとお店を指定されている方が早く買い物していけることが出来るのですね。


 探す楽しみもあるにはあるのですが「ほどほどの数であれば」と言うのが前提になりますわね。


 知っている店のものや、指定店で一緒に買えたもの、通りすがりのお店で見つけたものなどを、先日のようにロムルド様のお屋敷へ運んでもらうよう頼みながら店から店へとゆっくり歩いていましたらホセルスから声がかけられました。


「失礼いたします。昨日アムネリアからルーベンス様の奥様が懐妊されたと聞き及びました。あちらでお腹のお子の健やかな発育と無事な出産を祈願するのはいかがでしょう」


 ホセルスが指を差したのは広場の反対側に建つ教会でした。


 正面入り口は両方の扉が開け放たれており、いつでも誰でも迎え入れられるようにされています。


 トライネル王国の王都の教会ほどの大きさはもちろんありませんが、人々の信仰が集まるその場所は、町の他の建物よりも壁面の彫刻が多く存在感がある大きなものになっており、モチェスの町の彫刻技術の高さを感じられます。


 以前、お祖父様に連れられて1日がかりで教会中の彫刻を見て回ったことを思い出しました。


「あら本気に。まだ早いかもしれませんが良いですわね。シェイラとルーベンスの初めての赤ちゃんですもの。何でも出来ることをしてあげたくなってしまいますわ」


 広場を横切って久しぶりにこの教会へ来ましたけれど、近くで見上げるとやはり大きいですわね。


 入り口脇にある水盤に指先を浸し、水滴を体に飛ばしてから開かれた扉に続く階段へと足をかけました。




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