第141話●それぞれの夫婦

 ルーベンスとシェイラの部屋の応接室でお祝いを伝えるとシェイラは恥ずかしそうに教えてくれました。


「私、まったくわかりませんでしたわ。体がだるかったり眠くなったりしていたのは、最近眠る前に読書をしているせいだと思っていましたし、胸のムカつきは季節の変わり目で食欲が落ちているからと思っていましたの。

 今朝、朝食の席で吐き気を我慢していたらルーベンスに赤ちゃんじゃないかと言われてようやく答えにたどり着いたのですわ」


「私もシェイラが自分でそう言っていたからそうなんだろうと納得していたんだが、数日ぶりに朝食を共にしたからか妙に気になってね。今までの症状を良く考えたら赤ちゃんじゃないかと思い付いたんだよ」


 お屋敷の医師を早い時間ではあったけれど呼び出して診察してもらったのだそうです。


 ルーベンスは嬉しさでお顔が溶けそうになっていますけれど、本当に喜ばしいことですわ。


「シェイラの体調が悪かった理由は判りましたけれど、これからは無理をしないように気をつけてくださいね」


「そうね、医師にも言われましたわ。眠気を感じたら睡眠を取って、気持ちが悪い時には無理して食事をする必要はないと。食べられる時に食べやすいものを食べてもいいのですって。私はこれから赤ちゃんのことを調べて勉強いたしますから、ルーベンスもロゼリアーナも付き合ってくださるわよね」


「もちろん私も一緒するさ。父上からも今日はシェイラについていてやるようにと言われたからね。ただし気分がいい間だけで休憩を挟みながらだよ」


「私も一緒させていただけるのならもちろんですわ。今日は外出する予定もありませんから。早速ルーベンスと図書室へ行って関連する本を探して来ましょうか」


「お願いするわ。まだ少し気分が優れませんので少し休ませていただいているわね」


 シェイラはそう言うとソファーに背をもたせかけたのですが、ルーベンスがすぐに横抱きにすると寝室へ移動させてしまいました。


「ルーベンス!大丈夫ですから!」


 お顔は見えませんが、お声の様子からおそらく私が見ているからと焦っていらっしゃるようです。


「シェイラの大丈夫はしばらく信じないことにしたんだ」


 あらあら、こんなルーベンスの姿、イメルダ様にもお見せしたかったですわね。



 ***



 あれからルーベンスと図書室から本を何冊も運び込み、起きてきたシェイラと3人で読んだ知識の交換をして過ごしました。


 昼食をシェイラ達と取った後、さすがにお二人の時間にいつまでもお邪魔しているわけには参りませんから、引き留めようとされるシェイラを説得してお部屋へ戻りました。


「アムネリアは赤ちゃんを抱いたことはありますの?」


「いえ、私は早くからお屋敷に勤めさせていただいておりますし、まだ実家にいた頃は親族にも赤ちゃんが生まれたことはなかったので抱いたことはありません」


「そうですか。私と同じですわね。

 お屋敷に勤めている者達の中には本人や奥様がご出産されることがありましたが、せっかく赤ちゃんの御披露目のためにお屋敷へ来てくださっても子供は近づかない方がいいと言われていつもお話を聞くことしか出来なかったのです」


私にも弟妹がいたらまた違ったのでしょうけれど、こればかりはどうしようもありませんものね。


「シェイラ達のお陰で赤ちゃんのことを沢山知ること出来ましたけれど、実際に自分で経験してみないとわからないことの方が多いのでしょうね。

 アムネリア、私はエドワードとは離婚してしまっているのです。だからと言って今後、他の誰かと再婚することなど考えられません。つまり私が自分の赤ちゃんを抱くことはもうないのですわ」


 ルーベンスとシェイラへお伝えしたお祝いの言葉は心からの言葉でしたが、本を読んでいるうちに自分には訪れることのないことなのだと気付き、胸にズキリと鈍い痛みを感じたのでした。


 お城から下がってから何度も悩み、不安に思っていたエドワードの気持ちを知ることが出来ました。


 以前と変わらず私を愛しいると言葉をくださいましたし、私も同じ気持ちであることをお伝えすることが出来ました。


 しかし、夫婦であったのは過去のことであり、私達が離婚したことは事実なのです。


 同じ相手と再び夫婦になることを教会が認めていませんので、エドワードを私が引き留めていてはお世継ぎの問題が生じてしまいます。


 お父様からモチェスに滞在するように言われて本当はほっとしていたのだと思います。


 あのままエドワードといたら引き留めてしまっていたかもしれません。


 国王陛下の立場では独身のままでいるわけには参りませんのに。


「ロゼリアーナ様……私はずっとおそばにおります」


「ありがとうアムネリア。嬉しいですわ。

 でも私は大丈夫です。エドワードの本当の気持ちがわかり、嫌われたり呆れられて別れたのではなかったと知れたのですもの。それだけで私は十分ですわ」


 国の為にはエドワードに新しい王妃が必要なのです。


 ルーベンスとシェイラの赤ちゃんのようにお世継ぎが望まれているのです。


 エドワードの赤ちゃんを生むのが私ではない別の誰かだと思うと胸の痛みがなくなることはありませんが、それもやがて時間とともに和らいでいくと思います。


 しかし、それでも私の心はエドワードに捧げたままであることは許して欲しいと思ってしまうのです。

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