第135話●笑顔あれこれ

 お父様の執務室から戻り、お兄様とのお話で思いついたことをアムネリアに話すと、早速手配してくれたお陰で明日には実行出来ることになりました。


 夕方近くになってエドワードが呼んでいるとリカルドが呼びに来てくれました。


 リカルドはエドワードがお屋敷に滞在している間、本来の親衛隊の職務として護衛をすることになったらしいです。


「エドワードはパリオまでホセルスしか護衛がいなかったのかしら。でもお父様のお話ではホセルスはしばらくこちらにいたということでしたわよね」


「ロゼリアーナ様、陛下のお側には常に数名ついていらっしゃいますよ。親衛隊の多くは表に出ていらっしゃいますが、周囲に気付かれないように影から護衛されている方もいらっしゃるようです」


「あら、アムネリアはいつからそのようなことを知っていましたの?」


「はい、お城にいた頃から存じております。こちらのお屋敷の者であれば皆わかっているはずです。厨房長も食数を増やすように言っておられましたし」


「そうでしたのね。陛下の身にあれ以上何かあったらいけませんもの。それを聞いて安心いたしましたわ」


「お聞きした内容には驚きましたが、そのようなことは滅多にないことだと思います。私はロゼリアーナ様のお姿がお屋敷から消えたことを思い出すと今でも心拍数が上がりそうになります」


「……アムネリア。本当にごめんなさい…」


 また思い出させてしまったようで失敗しましたわ。


 アムネリアは「冗談ですよ」と涙目で笑ってくれましたが、出来るだけ思い出させないように気を付けようと思います。



 エドワードは部屋の前で待っていてくれたようで、私達が廊下の角を曲がると手を振りながらこちらへあるいて来られたので、ついクスクスと笑ってしまいました。


「私のロゼリアーナは何を笑っているのかな?」


「私は呼ばれてすぐにこちらに向かって来たのですが、エドワードも私と同じ気持ちで待っていてくださったのが嬉しいのです」


 私が一呼吸して続けるとエドワードと言葉が重なりました。


「お「会い(し)たかった」ですわ」


 エドワードは言葉とともに私をエスコートするために手を差し伸べてくださいましたので、その手に自分の手を預けました。


 客室の応接室のテーブルには透明な上板が使われており、その下の段には広口の盆に飾られた庭の花々が飾り納められていました。


「こちらの侍女長はすごいね。花を飾りたいからどんな花が好きか聞かれて答えたら、すぐかなこうして飾り入れて行ってくれたよ」


「ふふ、侍女長は本当に素晴らしい方ですわ。私にはもちろんアムネリアも素晴らしい侍女でしてよ。皆、とても良く考えて動いてくれますわ」


 ソファーに座ろうとするとエスコートしてくれていた手で支えてくださるのも随分久しぶりだと気付きました。


 エドワードも同じ事を考えるたけたのか「すまない」と小さく呟いて隣に並んで座りました。


「こんなこともしてあげていなかったんだよね。政務の為とはいえ、どれだけ独りよがりでいっぱいいっぱいだったんだと過去の自分を叱咤したい気分だ」


「違いますわ。何度も言いますけれどエドワードは立派に義務を果していらっしゃっただけです」


「それでもロゼリアーナとの時間を取ることも出来なかったのは悔しいよ」


「これからがありますわ。ところで随分お時間がかかったようですけれど、男同士のお話は終わりましたの?」


 隣の高い位置にあるエドワードのお顔を下から覗くと眉間にシワが寄っているのが見えて、思わず指先で伸ばしてしまいました。


「エドワード?後が残ってしまいますわ」


「あ、ああ。大丈夫だよ。君の父上と兄上は家族想いだね」


 作り笑顔のようすでわね。


 いったい何をお話されたのでしょう。



 *** ***



「改めて陛下の御訪問大変嬉しく存じます。これほど速やかにお越し下さるとは少々驚きました」


「両親と臣下達のお陰だ。こうして迎え入れてもらえて正直ほっとしている。もしかしたら追い返されるかもしれないと思っていたから」


「そうですね。あのような状態の陛下を追い返すことは出来ませんでしたね」


「……普通に訪れていたらあるいはと?」


「さて、どうでしょう。そうならなかっただけと言うことかと」


 この人は相変わらず笑顔が黒い。


 顔が引きつりそうになるのを耐えて真似をするように笑い返してみたがうまくいかなかった。


「父上、冗談にもなりませんよ」


 パラネリア辺境伯爵は代々同じような性格と聞いていたが義兄殿は違うようで安心したな。


「そもそも立場は関係なくこちらを訪問するのだと手紙にかかれておりましたので、あのような人目がなければ門前払いだったと、はっきりおっしゃってください」


 もっとひどいのかもしれない。


「ジャニウス、会話は楽しむものだ。遠回りするのも大切だよ。もしかしたら陛下がこちらに来られていては婚約承認が遅れてしまうと八つ当たりしているのかな?」


「それもあります」


「はははっ!」


 ぐさぐさと刺々とげとげしい言葉が突き刺さる気がしてホセルスを見ると視線を反らされた。


 その震えているように歪む口元はなんだ?


「義兄殿は婚約が決まられたので?おめでとうございます。手続きに関しては心配いりません。退位した父が代理をしてくれていますので速やかに送り返されてくるでしょう」


「それはありがたい」


 義兄殿は爽やかな笑顔だな。


「ほう、アルスタール様が?では溜めておいたいくつかの面倒な書類でも送っておくのも楽しそうですね」


 何をたくらんで溜めていたのかは知らないが、本気で楽しそうに笑っておられるのが怖い。


「陛下、どうかされましたか?」


「いや、父は療養していた身なのでお手柔らかに頼む」


「では半分だけ。アルスタール様の代理期間が終わってから残りを送らせていただきますが?」


「あ、あぁ、そう言えば今は父の優れた側近達もいるから大丈夫だろう」


「おや、勢揃いでしたらすぐにでも送りましょう。少し署名する時間をいただきます」


 執事に用意させた書類は……署名するだけでもしばらく時間がかかりそうだ。


「ところで義兄殿はどなたと婚約されたのですか?」


「執事のアーマンドの娘で私付きの侍女をしてくれていたナンシーです。彼女にプロポーズをしようとしていたところでそちらの離婚を知りましたので延期していたのです」


「そ、それは……悪いことをした」


「いえ、祖母とロゼリアーナの後押しで無事了承を得ることが出来ましたのでお気になさらず」


 とても気になる言い方じゃないかな?


 それなりの時間をかけて署名を終わらせた義父殿は、それを早速王都へ送るよう執事に指示を出していた。


 父上、よろしくお願いします。


 その後も突き刺さる言葉を受けながらも今後の話を進めることが出来たのは、この時間が終わればロゼリアーナに会えると思えたからだった。



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