第132話●二人の目覚め

 左手に痺れを感じて目を覚ますとベッドの横で椅子に座って眠っているお母様がいらっしゃいました。


 どうやら一晩中付き添っていて下さったらしく、閉じられた目元にはうっすらと疲労の色が見えました。


 お母様の膝に置かれた手に自分の手を伸ばそうとして、目を覚ました理由の痺れが握り締められた自分の親指によるものだと気付きました。


 私はアメジストの指輪を嵌めた親指をずっと握り締めていたようです。


「お母様……」


 体をひねって反対の右手でお母様の手を揺すり呼び掛けるとしばらく視線をさ迷わせてから私を見て安心したように微笑んでくださいました。


「ロゼリアーナ、おはようございます。

 昨夜、陛下達が見つかったそうですよ」


 知らされた内容に私も安堵と喜びで言葉が出て来ませんでした。


「発見された時からお屋敷へ運ばれて来られてからもずっと眠り続けておられるそうですが、医師の診察では特に心配する必要はないとのことでしたわ」


「良かった……。それはなによりです……」


 そっと包まれた右手を撫でて下さるお母様に、付き添って下さったことへのお礼をのべてから入室して来ていたアムネリアに身支度をお願いしました。



 ***



 まだ目を覚まされていないとお聞きしておりましたが、エドワードが運び込まれたお部屋へと入る許可をいただきました。


 ホセルスは別室に運ばれたそうですが、彼もまだ眠ったままだったと交替で明け方まで付き添いをしていたらしいリカルドから聞きました。


 静かにノックをすると付き添いをしている騎士が顔を出し、そっと扉を開けてくれました。


 入室した客室の応接室でアムネリアには待つように言い私は一人で続き部屋へ入りました。


 カーテンが閉じられたままの寝室の中は隙間から入り込んでいる朝日のお陰で思っていたよりも明るく、エドワードのお顔をはっきり見ることが出来ました。


「エドワード……」


 ベッド脇にしゃがんで上掛けの端をそっとめくり、私の親指からエドワードの薬指に、エドワードの小指から私の薬指に指輪を交換しました。


 そしてそのまま左手を両手で挟み、私の額に押し当てました。


 早く起きてください。


 声を聞きたいです。


 大きな手は温かく、呼吸とともにゆっくり上下する胸は確かな生を感じさせてくれます。


 ただ別れて距離をおくだけなのとは違い、もしもこの温もりが無くなるような別れであったならばと思うと血の気が引く思いがいたします。


 そうならなくて良かった。


 生きていれば再び会うことが出来ます。


 生きていればやり直すことが出来るはずです。


 あの不思議な空間での不思議な体験がなかったら、今こうしてエドワードの手に触れることはなかったでしょう。


 そう考えながらエドワードの左手の指輪をじっと見つめると、あのペンダントの表面にほどこされていた金粉と同じような、キラキラと輝くものが見えました。


 入り込んだ日差しによるものではない、石の奥から湧き出すような小さな粒の輝きに魅入ってしまいました。


 私はまだその輝きと同じものが自分の瞳にも現れていることを知りませんでした。


 それが守り手にしか見えない、守り手として認められたあかしだということも。





 まだ眠り続けているエドワードの手を上掛けの中に戻し、瞼を閉じたお顔をしばらく眺めてから寝室を出ようとしたところで、かすかに耳に届いた声に慌てて振り向きました。


「ロ…、ゼリ…アー、…ナ」


 かすれた小さな声でした。


 こちらを見つめていた瞳がまばたきをするのを見た私は、体の向きを変えてベッドへ走り寄り、伸ばされていた手を握りました。


「エドワード!」


「…っ」


「お水を!」


 ベッド脇の机に乗せられていた水差しから吸い飲みに注ぎ、それをエドワードの口元に当ててゆっくり飲ませました。


 もういいと言うように頷かれたので吸い飲みを戻しました。


「ありがとうロゼリアーナ」


 確かめるように私の左頬を優しく触るエドワードの瞳が嬉しそうに細められ、口元にふわりと笑みが浮かびました。


「エドワード。……良かった…またお会いできて……」


 エドワードのお顔が涙で歪んで見えなくなりそうになり、慌ててまばたきをすれば頬に落ちてエドワードの手を濡らしてしまいました。


「……良かった。本当に良かった……」


 エドワードの碧眼が私を見つめていることが嬉しい。


 声が震えてしまうことが悔しくて唇を噛めば咎めるようにエドワードの指が唇に触れ、私が噛むのをやめると涙が落ち着くまでずっと髪を撫で続けてくれていました。





「ロゼリアーナ、すまなかった」


 一度目を閉じたエドワードはゆっくり体を起こすと、しっかりとした動作でベッドの縁に座り直して言いました。


 そして私を隣に座らせると大きく息を吸い込みました。


「君を不安にさせてばかりだったと君がいなくなってようやく気付いた。私は全てを自分でやろうとして空回りしていたんだ。あの忙しい日々を作り出していたのは私だった。そしてあり得ない失敗をおかした。

 あの日、私の元から届けられたあの書類は間違いなんだ。不幸な偶然が重なって受理されたしまった……。

 私はロゼリアーナを愛している。

 君が何も問わずに署名をして城から去ったと聞いてからしばらくのことは良く覚えていないほどショックだった……。

 でもそうさせたのは私だ。すまなかった」


 もし、またエドワードに会えたら聞こうと考えていたことの答えが、次々に与えられて頭が上手く回りませんでした。


 でも一つ、何より嬉しい言葉をいただいた私は、やはり自分の心をしっかり返さなければいけません。


「エドワード、私も貴方を愛しています」


 心からの気持ちを、湧き上がる喜びと愛しさで自然に浮かぶ笑みとともに、エドワードにお伝えすることが出来ました。

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