第97話●さすが前辺境伯爵
夏の暑い風が窓から入り、汗ばんだ肌に絡みつくとさらに発汗をうながす。
襟のある制服を着ているリカルドは首筋を伸ばして少しでも涼をとろうとしたが、無駄に終わったため眉をひそめる。
扉のベルを鳴らして男性が一人で入店してきたので四人の視線が一斉に動いた。
「うぉっ!いきなり視線が集中したら驚くじゃないか。
あれ?ロゼリアーナ達じゃないか。お忍びでこっちまで足を延ばしたのか?
あ、すまんリアーナと呼ぶべきだったな」
四人の視線を受けて驚いたのはモチェス領主の息子のルーベンス・ミリガルドで、ロゼリアーナ達の顔を見てまた驚くという器用な顔技を見せた。
前回オロンの町では呼び名を変えていたことを思い出すと今度は謝り、二段階上がった眉が一気に下がった。
「ごきげんよう、ルーベンス。もう呼び名は必要ないから気にしなくてもいいですわ」
「呼び名?リアーナ?」
ランボルトが首を
「王都から領都のパリオまで呼び名を付けて呼びあっていましたの。
私はリアーナ、アムネリアはアンナ、リカルドはルードといった具合に、宿の部屋から出たらお互いを呼んでいたのです。
ルーベンスとシェイラにはオロンの町でお会いした時にその話しをして、お二人にも呼び名で呼んでいただくようにお願いしたものですから気を使ってくださったのですわ」
違う名前で呼び合うことが楽しかったと言っているロゼリアーナの満面の笑顔を見たアムネリアは、胸の下で両手の四指を上下に重ねて組んでいたが、その手を震わせて感動している。
最近はロゼリアーナの素敵な笑顔の確率が多いのでアムネリアもやる気度が高位置で安定している。
「そうか、ロゼリアーナはまた面白いことを考えたものだ。お前達もよく付き合ってくれたな。
それでルーベンスはどうしたんだ?外が暑いから涼みにでも来たのか?」
「あ、はい。確かに今日は暑いですがそうではありません。
ランボルト様にお祖父様から連絡なのですが、どうやらこちらに来ていた大蛇のつがいが縄張りを出て、そちらの領地へ戻って行ったようだと
「ん?」
「え?」
「は?」
「……」
ランボルト、ロゼリアーナ、アムネリア、リカルドはそれぞれの反応を見せた。
「なんと……今回はもうこのままこちらで過ごすのかと思っていたのだが。ルーベンス、それは間違いないな?」
「はい。お祖父様が自ら確認されたそうですので間違いないかと」
「リーダルがか。およそいつもの山歩きの途中ででも偶然移動するのを見たとでもいうところか。
ロゼリアーナ、せっかくゆっくりしているところをすまんが、今の内容について今後の対応とともに手紙を書くからユリシウスへの連絡を頼む。ルーベンス、あちらにはワシから連絡を入れるが、後ほどリーダルにも確認した状況などについて直接話がしたいと伝えてもらいたい。それとどこかの工房へこの店の管理を……いや、それはまた追々考えるとするか」
ルーベンスの話の意味を始めから理解していたランボルトは顔をしかめたあと、すぐに必要な情報の確認とこれからの行動についてさくさく決めていく。
こういうところはさすが前辺境伯爵といったところだ。
ロゼリアーナはランボルトに声をかけられて頷きはしたものの、実物を見たことはなくてもそれが脱いだ皮を見たことはあるので、あの大きさの大蛇が辺境伯領へ移動したと聞いてうろたえている。
アムネリアは大蛇と聞いてもあまりピンとは来ないものの、普通は大きな生き物の縄張りが移動することは滅多にないため驚いている。
リカルドは話が良くわからないので、とりあえず周りのランボルト達の話を聞いたり皆の様子を
「わかりました。伝えておきます。
ところでロゼリアーナ、うちにも顔をだすだろう?シェイラも喜ぶと思うのだが」
ランボルトに返事をしたルーベンスが誘うように聞き、それにはっとしたロゼリアーナが答える。
「え、えぇ、いえ。ごめんなさい。お屋敷へお邪魔するのは遠慮させていだだきます。あまりこちらの国にいる姿を見せるのはよろしくないと思われますので」
「ルーベンス、ロゼリアーナにはユリシウスへの連絡を頼んでいるから諦めろ。それと、シェイラが残念がるからロゼリアーナのことは言わん方がいいだろうな」
ランボルトがロゼリアーナを助けるように言えばルーベンスも納得した。
「そう言われればそうでしたね。じゃぁまた次の機会には是非。では私は屋敷に戻ります」
「ごめんなさいね、ルーベンス。また機会があれば」
「では頼むぞ」
それぞれに挨拶をしてルーベンスが店を出ていくと、ランボルトも工房へ手紙を書くために移動していく。
「お祖父様、少しの間出掛けてきますわ。すぐに戻りますので」
ロゼリアーナはランボルトの背に声をかけるとアムネリアとリカルドを連れて町へ出掛けて行った。
店の扉のベルがカランコロンと鳴りながら閉まった。
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