第96話●木工細工の魅力
エドワードと婚約するまではモチェスに滞在する時はいつも領主邸に宿泊させていただいておりました。
しかし、一度はトライネル王国の王妃にしていただいた我が身といたしましては、私の進退について何の布告もない状態の現在、さすがに隣国に突然お邪魔しますと言うわけにはいかないので、お祖父様に紹介していだだいた宿屋で過ごさせていただいております。
日中はお祖父様のお店へ顔を出してから町の中を散策して回り、モチェスに初めて訪れたというリカルドの案内をして過ごしたりしておりました。
***
「お祖父様、今年は素材の集まり具合はいかがですか?お父様から入る分は足りていると思いますけれど、こちらに留まっている例の大蛇の皮は今年はどなたか見付けて来られましたか?」
王都へ売り物として出しているのは大蛇のペンダントだけということでしたが、その理由をお聞きしたところ
「この店のものは気ままに作っているだけだから、追われて作るのは一種類で十分」
とのことでした。
「いや、今年はまだない。あれからも2匹分は手に入れてあるから特に在庫を心配することはない。
まぁ、あの時の二重部分はもうなくなってしまったがな。やはり珍しい物を求めたくなる者は多くいるものだ。ほれ、ルーベンスのとこの奥方もその一人でな、ブローチにしてくれと言って頼みに来たていたな」
「あら、シェイラが?そう言えば私がエドワードからペンダントを受け取った時の話をしていたときに欲しいと言っていた気がしますわね。ルーベンスが渋っていたからその場では諦めたようでしたけれど、数に限りがあるとわかっていてチャンスを逃すようなことはしませんでしたのね」
「そう言うお前は身に付けておらんようだな」
シェイラの事なので納得して頷いていたところ、お祖父様が何もつけていない私の首もとを見て言われたので理由をお話いたしました。
「だってお祖父様、気に入っていてもドレスには合わせにくいのですもの。以前着ていたような衣装なら良いのですけど。でもペンダントは内ポケットにいつも入れて持ち歩いておりますのよ。ほら 」
内ポケットから取り出してお見せすると、ペンダントを手に取られてしばらく見てはひっくり返したりを繰り返しながら確認されているようでした。
「ほう、我ながら良い物を作ったものだ。ロゼリアーナに馴染んだかのように優しい色合いになったな」
お祖父様が驚くようなことを言われました。
「まぁ!そうでしょうか」
「ワシはそう感じる。持ち主にあった雰囲気を持つようになるのか、持ち主がそれに見合う雰囲気を持つようになるのかの違いはあれど、その不思議も木工細工の魅力だと思っておるよ」
お祖父様が返してくださった手のひらの上のペンダントからはわずかな
「お祖父様が言われるような存在の変化はわかりませんが、すでに私の一部であるかのように馴染んでいることはわかる気がいたしますわ」
「物であれ人であれ、共にある時間が長くなればなるほど無意識に相手の存在を当たり前に感じるようになる。お互いの存在を心地良く感じたり、なくなることで不安を感じたりな。
そしてそれは、同じものを身に付けている相手が共にあった存在であれば尚更だろうて。同じものを見れば相手のことを思い出す。例え一時的にその相手と離れようとも。違うか?」
まっすぐに私を見てお話されるお祖父様の眼差しとその言葉から、私を想って伝えて下さっていることがわかります。
「その通りだと思いますわ。本当に……」
このお祖父様のお店から始まったペンダントと一緒の時間。
実家に置いてきてしまったけれど、結婚指輪もそうですわね。
同じものを持っていらっしゃるエドワードを思い出します。
「でも、お祖父様がそのようなロマンチックなことをおっしゃるとは思いませんでしたわ」
「ふふん、ワシだとてお前のお祖母様とは恋愛結婚だったのだぞ。我が家は結婚相手に固いことは言わん。もちろんお前の相手は何も言うことの出来ない相手だったがな」
お祖父様は端正なお顔でニヤリと笑って私の肩を叩かれました。
「あら、そうでしたわね。お父様とお母様も相変わらず仲がよろしいようでしたわ。私のことはともかく、お兄様もそろそろなのではないでしょうか」
「お前のことも置いてはおけんのだな。
まぁ、聞いたところではどうもジャニウスの奴は、かなりてこずっておるようだがな」
アムネリアが首肯しているのが見えます。
お屋敷の皆がわかっているのに本人にはまったく気付かれていないお兄様が少しお可哀想な気がいたしますが、こればかりは当人同士の問題ですものね。
兄妹ともにお祖父様に心配をお掛けしてしまっているようなので、心の中で謝っておきましょう。
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