第95話●国王夫妻にあやかりたい

 王妃様が書かれたメモを見た者によって広まった噂のお陰で、王都のアクセサリー店ではくだんのペンダントの購入希望者が増えていた。


 お姿を目にする機会がほとんどない王妃様だったが、国王陛下に大層愛されていらっしゃることは広く知られている。


 当時辺境伯爵令嬢だった王妃様を追いかけて、王太子だった国王陛下が学園を休学してまで隣国へ行かれたことは、夢多き若い女性達には堪らない話であった。


 また、学生だった国王陛下がお付きの者とたった二人で普段立ち入り禁止の森に入り、大きな狼を二頭仕留めたという話は、同年代の若者達から羨望と尊敬を集める要因となった。


『こちらのペンダントは素敵な出会いを私にもたらしてくれました。

 あなたも是非お手に取ってくださいまし。

 ロゼリアーナ・メイナ・パラネリア』


 このように王妃様が直筆で書かれたとされるものが掲げられていれば、国王夫妻の出会いにあやかりたいと思う者なら我先にと購入していくというものだ。


 しかし購入希望者が増えてもアクセサリー店の店主は入荷数を増やすことはなく店頭からペンダントが消えることが多かった。


 だからこそ来店時に偶然店頭に出されていたペンダントを購入することが出来た者は、その幸運に感謝して笑顔で店を後にするのだった。



 アクセサリー店の裏口から商談部屋へ通された商人は、あちこちから仕入れて来たアクセサリーの数々を大きなテーブルにケースごと並べていく。


 店主は部屋へ入ってくると、見やすく並べれられたアクセサリーを真剣に順番に見ていき、一通り見終えると商人に話始めた。


「今回も良い商品が多いですね。最近は木工細工を好まれる方が増えましてね、金額的にお求めやすいようで若い方が来店されるようになりました。先ほども

『どうしてもこれが欲しくて頑張ってお仕事をして稼いで来たんですよ』

 と、手にされたケースを嬉しそうに持って喜ばれていました。

 欲しいと思ってもらえる商品を作ることが出来る職人さんも、欲しい物の為に頑張ってお仕事される方も、店主としての私から見たら大切な商売相手です。

 ですが、同じ人間として見たら充実した日々を送られていてみなさん幸せそうだなと思います。

 これらの装飾品は生活する上でなくてはならない物ではありませんが、作り手、買い手、そしてあなたのような商人と私のような店のもの全てに幸せを感じさせてくれる物だと思います。

 っと、あぁ、すみません、突然おかしなことを話し出してしまいました。先ほどペンダントを買われたお嬢様の熱に感化されてしまったようですな。ははは」


 店主は熱く語ってしまったと照れ臭そうに後頭部を掻きながら笑った。


 商人も話を聞いて思うことがあったのか頷いてから返事をする。


「いえ、お気になさらず。そちらは直接買われる方々の相手をされているからそういうこともあるでしょう。私も自分が探してきた商品を気に入ってもらえていると聞いて嬉しいです。ありがとうございます」


 それから店主は選んだアクセサリーを数点ずつ仕入れて取り引きは終了した。


 別れ際に商人がそう言えばと尋ねた。


「先ほどのお話しにあったお嬢さんはどのようなものを望んで購入されたのですか?」


「はい、隣国の辺境の町モチェスで作られている例の大蛇の皮のペンダントですよ。大変ありがたいことに、偶然うちの店に来られた王妃様から一筆いただいたものですから、それを読まれた方や噂を聞いた方が良く求めに来られるのです」


「王妃様からの一筆ですか。それはまた宣伝効果がありそうですね」


「はい。誠にありがたいことです。よろしければ見て行かれますか?」


「そうですね。せっかく王妃様の直筆を見られる機会ですからお願いします」


 店に移動して商人は壁に掛けられた額の中にある紙に書かれた文字を目で追うと納得した様子だった。


「国王夫妻にあやかりたい若者は大勢居ますからこれからも大変でしょうね」


「なに、数日に一つずつ飾るのですが、タイミング良く来られた方が購入し行かれるような具合なのでそれほどでもないのですよ」


 大量販売をする気持ちのなさそうな店主の言葉に商人は呆れながらもう一度額を見る。


『陛下がご覧になられたら額ごとお持ち帰りになられるかもしれないな』


 商人シロホン・ネスレイはのんきそうな店主の為に、とりあえず自分は見なかったし知らなかったことにしようと思うのだった。






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