第93話●母と息子のお茶会①

 テーブルの上に並べられたアップルタルトとチョコレートブラウニーを嬉しそうに自慢される母上に頭痛がしそうになった。


「美味しそうでしょう?この二つは最近人気の喫茶店で出されているのだけど、なかなかこうして手に入れられないのよ」


 切り分けた二種類を皿に取り分けながら話続けておられる。


「アップルタルトは料理長がとても美味しいものを作れるようになってくれたのだけど、チョコレートブラウニーはまだ改良の必要があるとかで時々食べに行ってるそうなの。

 もとはアップルタルトの研究のためにお店へ通うようになったのだれど、他のケーキも食べたらなかなかだったからと、食べたものを真似してみてから更に美味しく改良するのだそうよ。

 通ってるうちにお店の方にも覚えてもらえたらしく、今日は持ち帰り用に二つ一緒に購入出来たのですって」


 料理長が?一人で喫茶店へケーキを食べに行っいるのか?


 確か父上より少し年上だった気がするのだが……まぁ、研究熱心なのだろうな。


 アップルタルトにブラックベリーソースがかけられ、その隣にはチョコレートブラウニーが綺麗に盛り付けられている。


 甘いものだらけの視界から目をそらすと紅茶が目に止まり、ソーサーごと手に取り出きるだけゆっくり飲んだ。


「そのようなタイミングで招いていただけたのはありがたいことです」


 カップをソーサーに戻してテーブルに置きアップルタルトから制覇することにする。


 フォークで崩して口に入れると意外に甘すぎない。


 ソースが酸味を添えると食べやすくなるようだ。


「それはロゼリアーナが王都を去る前のお茶会にお土産として持参してお店を教えてくれたものなのよ。その時はわざわざお土産用にとお店へ頼んでくれたのですって」


 咀嚼していた口が止まる。


 これはあれだ。リカルドが報告書に書いていたケーキセットだ。


 相席ではなかったとしても同じものを食べ、ロゼリアーナの美味しそうに食べる表情を見ていたのだろう。


 私が護衛騎士に選んだのだから常にロゼリアーナの近くにいる。


 私より共にいる時間が随分長くなっているんじゃないか。


 この国には女性騎士はいないが、戦える侍女は存在していてアムネリアもそうだ。


 これはやはり騎士募集要綱の見直しをする必要があるのではなかろうか?


「エドワード?どうかしたの?」


 動きを止めてしまっていたので母上に心配させてしまったようだ。


「いえ、少し考えることがありまして。そうですか、ロゼリアーナが。彼女が気に入ったのもわかります。私にもとても食べやすい味ですね」


「そうでしょう?料理長にはロゼリアーナを驚かせたいから同じように作れるようになって欲しいとお願いしたのよ。それからその喫茶店にのめり込んでしまうとは思いませんでしたけれど」


 母上もアップルタルトから召し上がっていらっしゃるが、美味しそうなのが見てわかる表情をされている。


 きっとロゼリアーナも同じような表情だったのだろうな。


 立場を考えたら仕方がないことだが、やはり自分が見逃した表情が沢山あることが悔しい。


 沈みそうになる意識を引き留めて、母上に尋ねた。


「ところで、母上は父上に連絡をされてないのですか?ジェラルド卿は定期的に連絡を取られているそうですが、保養地へ向かわれた頃に比べて随分落ち着かれたらしいですよ」


「そうみたいね。アルの状況は聞いて知っているけれど、今までは私から連絡をしていませんでしたわ。

 でも様子を聞いている限りではそろそろ頃合いかもしれないですね。回復されていることから休養は必要だったとわかりますが、それでも良いものでも取りすぎれば毒になることもあります。何事もほどほどが大切ですわよね」


 母上は昔からか弱く見えてもお強い方だ。


 幼い頃、メリエット様と並んで去って行く父上を見送って一人で立っておられる母上の姿を見た時、凛々しいお顔でありながらも何故か寂しそうに思えてしがみついてしまったことがある。


 私の存在を見てくれていないような不安と恐怖を感じたからだが、しかしそれも抱き締め返されたことで安心感に転じた。


『ありがとう、エドワード。お母様はあなたがいてくれるから強くいられるのよ。愛しているわ』


 明るくて家族を大切にしてくださる母上。


 母上にはもっと幸せになっていただきたいと思う。


 父上だってもう一度母上のことをちゃんと見てくだされば歩み寄ってお二人とも幸せになれると思うのだが。


 でもどうやら母上に何かお考えがある様子だから私は手を出さない方が良さそうだ。


 何より私はロゼリアーナと幸せになるために、今はまずしっかり地固めしなくてはならないのだから。




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