第92話●人事異動は適材適所
エドワードが一人で終わらせておいた決済書類に目を通した後、未処理分の書類確認をしていたヴィクトルがエドワードにそれを差し出した。
「軍の人事についてダラン伯爵から異動が提案されていますね。どうやらもとは伯爵が辞任される際の推薦人事の時点で勘違いをされていたことが理由のようです」
「勘違いで人事異動とかは普通はないだろうに、周りは気づかなかったのか?」
「それが、技術的な面で言えば間違いではなかったのですが、実務的な面での勘違いだったらしいですね」
軍の上層部はダラン伯爵が辞任されるまで
将軍→ジャムヌール・ダラン伯爵
騎士団団長→チェスター・マクドナル子爵
騎士団副団長→セルゲイ・ミント子爵
辞任後は
将軍→チェスター・マクドナル子爵
騎士団団長→セルゲイ・ミント子爵
騎士団副団長→セルゲイ・ミント子爵兼任
となっている。
トライネル王国はルパート元外相の堅実でありながら独断的ではない施策によって、周辺各国とは友好的な付き合いをしているので、外交面で言えば戦とは縁のない平和な国と言える。
その為、軍の存在意義は国内の安全維持が主体となっている。
国が潤えば街道を行き交う馬車や人が増える。
すると同時に悪さをする者も出て来てしまうのは世の常なのだろう。
そのような者の取り締まりや国民警護とは別に、親衛隊のように王族の護衛に当たる者も軍の管轄になっている。
貴族の中でも騎士団を有する辺境伯や公爵などは例外的に、個別に領地で募集、維持することを許可されていた。
「ダラン伯爵が将軍をされていた時に騎士団から上がっていた書類は、現在の騎士団団長で当時副団長だったミント子爵がまとめていたものだったそうなのですが、ダラン伯爵は当時の団長のマクドナル子爵によるものだと認識していたようで、文武に優れているマクドナル子爵を将軍に推されて先の異動となった次第です」
「マクドナル子爵と言えばダラン伯爵を敬愛して
「はい。からっきしだとかで、異動後はミント子爵がご自身の団長職の他に将軍職の実務処理もしていたらしく手一杯だったようです。現在は緊急措置としてダラン伯爵が将軍補佐のような立場をとって代わりをされているとか」
「それでこの人事異動の提案と言うことか」
将軍→セルゲイ・ミント子爵
騎士団団長チェスター・マクドナル子爵
騎士団団長補佐→ジャムヌール・ダラン伯爵
「しかし将軍だったダラン卿が騎士団団長補佐とかあり得ないと思うのだが、これは本人からの推薦なのか」
書類を読みがらエドワードが言うと、もう一枚をさしだしてヴィクトルが伝える。
「ルパート伯爵からも同じ内容の推薦状が届いていますのでお二方で相談されたのだと思われますね」
エドワードが受け取れば確かにルパート伯爵から提出されている同様の書類である。
辞令からおよそ2ヶ月で降格して逆戻りとなるマクドナル子爵を不憫に思うものの、先達の二人からの推薦とあれば異論はない。
「わかった。ではこの異動依頼を受理して辞令を発行する手配を頼む」
署名した2枚をヴィクトルに返して指示を出したエドワードは続けて言う。
「ルパート卿とダラン卿、そしてジェラルド卿が手助けしてくれているお陰で、ようやく国の中枢としてまともに活動出来る体裁が整って来たな。やはり人の力は大きい。特に経験者達の力は尚更に」
数週間前まで睡眠不足と疲労で顔色が悪かったエドワードは、今では年齢相応の若々しい血色のある顔に戻っている。
ヴィクトルも似たり寄ったりの変化があったものの、今朝の精神的疲労の名残が若干見えているようだ。
「ヴィクトル、この後私は母上のところに向かうがお前にはこれらの続きを頼む。私も母上の話が終わればすぐに戻ってくるから、あまり無理しないでやっててくれ」
以前であれば真面目なヴィクトルの集中力でも終わりそうにない量の書類の数だが、現在提出される書類の内容は整えられて不要なものも無いため、これくらいの量ならそれほどかからず終わるだろう。
「かしこまりました。ありがとうございます。それと私から叔母上に宜しくとお伝えしてもらってもいいでしょうか」
「もちろん伝えておくよ。では区切りがついたから昼食にしよう」
「はい、支度出来ているか見てきます」
侍従を部屋から出していたのでヴィクトルが動く。
「よろしく」
エドワードは、それならもう少しと次の書類に手を伸ばす。
やはりその書類もわかりやすい。
城内の実務処理能力は確実に上がって来ていることを感じて嬉しく思うエドワードだった。
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