第90話●報告は文書より直接

 朝食の後、リリアーナと事務処理をする時間にも慣れてきました。


 アルスタールの執務室として整えられていた部屋は、現在私が代理として使わせていただいております。


 飼い猫のムムールが出入りするために扉を少しだけ開けたままにしてあるのが私が在室している時間だということを皆が知っていますので、訪問者によっては客室ではなくこちらに案内されてくることもあります。


 今朝は昨夜こちらでの仕事を終了した後に届けられた書類から見始めたのですが、この報告書だけでは知りたいことが足りないので責任者を呼び出すように伝えました。


 さて、彼は今日中につかまるかしら。



 *** ***



 午後遅くになってシロホン・ネスレイ様がおやしきを来訪されました。


 荷馬車を連れて王都を出られるところだったそうなのですが、この方の職業に疑問を持っているのは私だけではないと思ってしまいます。


「……と言うわけでして、王妃様は私がお迎えに出向いた時はとても楽しげに宿から出て来られました。こう申し上げるのは心苦しいのですが、王都から離れるに連れてお元気になられていたようです。護衛騎士のナーロ殿は道中ずっと私のことを疑っている様子でしたので、あちらのお話を詳しく聞くことが出来ず申し訳ありません。彼は夜になると宿の裏で訓練をしていましたので拝見させていただきましたが、なかなかの腕を持っていらっしゃるようでした。待遇を現状維持にされたのは良い判断だと思われます」


「そう、ロゼリアーナが元気そうでなによりでしたわ。自分以外の男性が調べてきたと聞いたらエドワードには嬉しくない知らせかかもしれませんね。でも本人もわかっていますが、今はまだやるべきことをやらなければならない時期ですから我慢しなくてはね」


 ネスレイ様からいくつか聞きたいことを詳しく聞けたマリー様は執務机に両肘りょうひじをついて、組んだ両手の上にあごを乗せられていますが、その姿勢はいけません、肘が痛んでしまいますよ!


「それから、辺境伯爵様のご紹介で陛下の親衛隊隊長をされていらっしゃるホセルス・ナーロ殿とお知り合いになることが出来ました」


「あら、ホセルスとですか?彼はリリアーナ達の息子なのですよ」


 息子の名前が出たので私もついネスレイ様のでお顔を見てしまいました。


「はい、存じ上げております。思っていた通りとても気持ちの良い人物でした。辺境伯爵様も彼をとても目にかけていらっしゃるご様子でしたね。個人的にもまたお会いするお約束をさせていただきましたよ」


 ホセルスも頑張っているみたいだけど寄って来るのが男性ばかりでは母としては心配ね。


 まぁ、ネスレイ様とお知り合いになれたのは良かったわ。


 単独行動が多いから似たようなことをされてる方となら連携出来るものね。


 こちらを見られたネスレ様に私は黙ってお辞儀をお返しして心の中でお願いしました。


「ふふふっ。ジルベス、息子が辺境伯に気に入られているからと聞いて悔しいのではなくて?」


 マリー様、夫をからなわないでください。


 昔から尊敬申し上げている辺境伯爵様とホセルスが親しいことは知っていますので、まだ落ち着いて聞いているはずですよ。


 そう思って夫を見れば顔がやや厳しくなっていました。


 そうですか、知ってはいても改めて他者からホセルスが気に入られていると聞いたらダメでしたか。


「……いえ、そのようなことは」


 ジルベス、その顔と声では本心と言葉の意味が違うと丸分かりですよ、仕方がない人ですね。


 ほら、マリー様とネスレイ様も苦笑されていらっしゃるじゃないですか。


「あら、そう?そろそろ一度ホセルスと誰かを交代させるよう陛下に進言するつもりでしたがやめておきましょう。

 シロホン、ありがとう。安心しました。ロゼリアーナの心中まではわからなくても見た様子が元気なら、たとえそうでなかったとしても、元気そうに見せる気力はあるということですから大丈夫でしょう。彼女は見かけよりも強い人ですしね。お疲れ様」


 明かに驚いた後に肩を落とした夫には見向きもせず、マリー様はネスレイ様を労って退室させられました。


「マリー様、よろしかったですね。やはり文書よりも人から直接お話を伺うと、分かりやすく疑問解消が早い上に違った話も聞けますものね」


「そうね。今回はリリアーナにも良い話が聞けましたね。ホセルスとシロホンの交流が出来たのは良かったわ」


「ありがとうございます。息子も良くやっているようで安心いたしました」


 振り返ると、まだ顔をしかめたままの夫と目が合いましたが、と睨まれてしまいました。


 息子と張り合っても仕方がないでしょうに。


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