第89話●商人は本職ですか
行きの道中は乗合馬車を乗り継いでのんびり行商していた商人は、帰りは自分達の馬車でさくさく進み、辺境から一週間後には王都へ到着した。
さくさく進んだとは言え、やはり行商人なので町ごとにしっかり商売しながらである。
そのお陰で体裁を整える為に増やしてしまった
王都へついたのは夕方だったが、今回の往復では予想より多く利益が出たので、少しお高めの料理屋で夕食はどうかと部下達を誘えば大喜びで肯定の返事が来た。
もともと別仕事のついでに行商をしていたのに、帰りは部下達に荷物の出し入れや馭者をしてもらっているのだから、それで出た利益が多ければ還元するのはやぶさかではない。
「ネスレイ様は商売人が本職と言われても違和感ないですね」
「まったくだ」
注文した料理を待つ間に騎手の一人が言うと馭者が賛同する。
「私は自分の本職は商人だと思っていますよ。取り引きするものに形があるかないかは関係ありません。需要があれば供給するだけですからね」
すぐに運ばれてきたカラネール王国産のチーズを薄く切り分け、ディザネール王国産のワインをそれぞれのグラスに順に
「そう言われるとそんな気がしてしまいそうになりますね。でも、やはり帰りの道中の商売のやり方を見ていてもネスレイ様の目利きはもちろんですが、相手の意向をくみ取る
「本当にそうです。商品だって積み込むときには町での売れ筋を考えて手前に積むよう指示されていらっしゃいましたしね」
最初に話し出した騎手と馭者がネスレイの話を聞いて賛成してしまいそうになりながら、やはり商品取り引きを目の前で見たり聞いたりしているので、別仕事のような形をもたない方のやりとりとは違うと言いたいらしい。
5人で囲う丸テーブルの上に運ばれてきた料理が並べられていく。
「そうですか?では皆さんの薦めもありますし、いっそ取り引きするのは商品だけにしましょうか?」
「……いえ、これは薦めているわけではなく、ネスレイ様の素晴らしい商売人の姿を語っているだけです。なぁ」
「そ、そうです、ネスレイ様。戯れにもそのようなことをおっしゃらないでください」
周りをキョロキョロと見回す二人はネスレイの言葉を慌てて拒否する姿勢を見せる。
「大丈夫です。冗談です。それに今は私達の他に誰も見ていないし聞いていません」
それを聞くと二人はあからさまに大きく息を吐き肩を下ろした。
「ネスレイ様、彼らをからかうのはその辺にしてください。それにあなた言うと本当に実行しそうで怖いです。食事を済ませたら報告内容の確認をお願いします。今日中にお渡ししてきますので」
「わかりましたからそんなに怒らないで。私だってたまには冗談も言いますよ」
話を聞くだけで料理に手をつけていた騎手がじっとりした目を向けながら言えば、はいはいとネスレイは軽く答える。
何も言わないもう一人の騎手は周りの話には耳を貸すことなく、一人で黙々と料理を美味しそうに口に運んでいる。
「ほら、彼が全部食べてしまう前に私達もいただかないとなくなってしまいますよ」
ネスレイが言えば他の3人も食べ続ける彼に遅れを取ってたまるかと、各国から仕入れられた材料を使った、滅多に口にすることが出来ない美味な料理に手を付け始めた。
*** ***
元情報局長のキャスカリオ・ハラルド伯爵はいつものんびり仕事をしていた。
彼には有能な部下がおり、彼は一つ指示を出せば関連する事業や関係者の繋がりなど、役に立つ情報を期待以上に得て報告してくる上、元外務大臣のベルナリオ・ルパート伯爵ともいつの間にか親しくなっていて
「お互いに情報交換するようになったからよろしく頼む」
とルパート伯爵から連絡が入るほどである。
とにかく人たらしで人脈が広い。
何故ハラルド局長が上司なのかは周りの者にも理由はわからないが、とにかく有能な部下のお陰でのんびり仕事をしていた。
彼が仕入れて来た情報を関連部門へ報告するよう振り分けて指示を出したり、秘匿案件になりそうな情報を側近達と内密に対処するよう手配したり、彼以外から入る情報の精査や情報局の人員育成などを一手に引き受けているようには見えないくらいのんびりしていた。
ハラルド局長はアルスタール前国王から保養地への同行を言われると、歓喜して即座にその有能な部下に引き継ぎをしようとしたが、有能過ぎる部下はそれを避けるために既に理由を付けて王都から離れていたため、仕方なく自分に一番近い席にいたランダーク・ボーネルに引き継ぎをした。
外回りが多い情報局でほとんど外へ出ないボーネルは、それなりに事務処理をこなすもののそれだけの人物だった為、ロゼリアーナが城を下がった時にも上手く立ち回ることなく勤務時間を守ることに努めていただけだった。
そしてハラルド局長が辞任すると部下達はとりあえず国王交代直後の国内状況を確認する為に外出して行ったのだが、新しく局長になったボーネルには部下達をまとめる力はなく、王都から離れていた有能な人物であるシロホン・ネスレイの周りにいつの間にか集まるようになっていた。
そのネスレイはハラルド局長から届いた最後の指示に従って今に至る。
『マリーテレサ様のお力になるように。それが国王陛下のお力になる』
ハラルド元局長のように国王陛下の側近として即座に情報伝達をしたり、指示を受けるにはネスレイはエドワード国王との距離があった。
ハラルド元局長はその距離を埋める役割を自分たちを良く知るマリーテレサに頼んでいた。
マリーテレサが今回はそれを利用して、ネスレイに王都を出発したロゼリアーナの状況確認と、パラネリア辺境伯爵領まで無事に到着出来るよう手助けすることを指示していたのだった。
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