第88話●なんだか悔しいです
あと数日でロゼリアーナ様があの書類に署名をされた日から一月になる今日、私はロゼリアーナ様とリカルド様と一緒に隣国カラネール王国のモチェスに滞在しております。
3日ほど前の夜にロゼリアーナ様から王都へ戻った方が良いと言われた時は、私はもう必要とされていないのかと絶望を感じてしまいましたが、すぐに私の今後を考えて下さったが
もちろんお側にお仕えさせていただけることに落ち着いて安心いたしましたが、ロゼリアーナ様のハンカチをお借りしてしまったことは
こちらのハンカチは係りの者に頼まず自分で洗ってお返ししました。
ナンシーからは
「どうしてアムネリアが洗濯してるの?」
と不思議がられましたが、ロゼリアーナ様から私がお借りした大切なハンカチを他の人の手に任せられるはずがないじゃないですか。
そんなことはナンシーには言いませんでしたが。
ロゼリアーナ様はお屋敷に到着した日の朝から、ここしばらくお顔に見え隠れしていた翳りがなくなり、私がお側に上がった頃のような表情をされるようになりました。
やはりご実家に戻られると心が穏やかになられるのでしょう。
ロゼリアーナ様の笑顔の素晴らしさはどんな時も私に力を与えてくださいましたが、今は頑張る力の他に安心感まで感じられるようになりました。
包まれるような温かい空間にいるような。
女の私がこんなに幸せを感じていますのに、リカルド様は以前とまったく変わった様子がありません。
あの笑顔を向けられてもほとんど動かないお顔は、使われなさ過ぎて筋肉がついていないのかもしれません。
そのリカルド様がお屋敷の敏腕執事のアーマンド様と手合わせされることになった時は心配しましたが、攻めの突きの速さもアーマンド様の剣を受けられた回数にも驚かされました。
あの方、本当に強かったのですね。
お屋敷に上がらせていただく為の試験には戦闘試験があるので、私もロゼリアーナ様をお守りする為の力量は持ち合わせているつもりでいますが、これはリカルド様の方が上かもしれないので何だか悔しいです。
でもアーマンド様に木剣を飛ばされて決着がついてからは、体全体から悔しさが滲み出て少し怖かったです。
再挑戦の申し出も断られてましたし。
ともあれ、あれだけ戦えるリカルド様がロゼリアーナ様の護衛騎士を続けられることになったそうですが、まさか親衛隊から脱退させられた訳じゃないと思いたいです。
それともやはり……。
*** ***
4年ぶりにお祖父様のお店へ行き店内を見渡すと沢山の出来事が思い出されました。
ベッドに腰かけて手に持ったペンダントを見れば、ベッド脇に灯された明かりを受けて表面の金粉がキラキラ輝きます。
それをそうっといつものように枕の下に入れました。
今は思い出は思い出として大切にしておきましょう。
実家に帰るまで身に付けていたネックレスは、今、実家の私の部屋にあるアクセサリーボックスにしまってあります。
あの動きやすく扱いやすかったワンピース達とは違って、私のドレスは着飾ることを目的としたデザインなので襟ぐりが大きく開いているものが多く、首もとのネックレスを隠すことが出来ません。
指輪を通したネックレスを見せてしまってはお父様やお母様、お兄様達に心配をお掛けしてしまうかもしれませんので、外して保管することにしました。
お陰で実家に帰って来てからは首まわりが少し寂しく感じてしまいます。
枕の下のペンダントも本来は使用方法が同じではあるのですが、もともとこちらはドレスにはいささか似合わないデザインでしたので、以前からスカートの横にあるポケットに入れて持ち歩いていたものですから、今ではポケットが軽いと落ち着かないので入れたままなのです。
ふと思い出したのはリカルドへの手紙。
お祖父様にあのような書類を預けに来られる人は限られていますので、お祖父様は誤魔化しておられましたが親衛隊隊長のホセルス本人だと思われます。
おそらくお父様のところに寄ってからがお祖父様のお店へ来たのでしょう。
お二人ともホセルスのことを気に入られていらっしゃいましたから引き留められたかもしれませんね。
ホセルスが来たと言うことはエドワードの指示でもあるわけですが、リカルドの護衛騎士のお役目についての連絡だけのようでしたわね……。
ふうっと息を吐いてベッドに横たわるとシーツの冷たさが心地好く、つい体の位置を何度か動かして冷たさを堪能してしまいます。
ひんやり感のお陰で落ち着きましたので、目を閉じていつものようにエドワード様の健やかな眠りとお体のご無事を祈りました。
おそらくこれからも私のこの日課は変わることなく続けることでしょう。
今では寝る前のこの時間に安らぎを感じるようになっているのですから。
エドワードの心は直後聞いてみるまでわかりませんが、私はまだエドワードをお慕いしていることに変わりはありませんもの。
目を閉じたまま記憶に残るお祖父様のお店の作品の数々を思い出し、以前親しんだおとぎ話のような世界を想像しながら眠りにつくことにしました。
キラキラ輝く柔らかい光と美しい木目を思い浮かべながら。
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