第87話●ペンダントも里帰り
カランコロンと入り口の扉に付けられているベルが来客を知らせる音を鳴らした。
しばらくして店の奥からがっしりした老人が姿を表し、店に入って来た客を見ると額のシワが少し深くなった顔に笑みを浮かべる。
「ロゼリアーナ良く来た。久しぶりだな。ふむ、しばらく見ないうちにさらに美しくなったか」
「お祖父様にもお久しぶりでございます。ありがとうございます。お変わりなくお元気のご様子でなによりですわ」
以前より随分大人びた笑顔で笑うようになったロゼリアーナに、ランボルトは続けて残念そうに言った。
「すまんな、再会を喜びたいが作業中で汚れているから今は抱き締めてやれん」
「あら、そのようなこと以前は気にされたことありませんでしたのに。ではこちらから失礼いたしますわ」
そう言うとロゼリアーナはランボルトの老人にしては鍛えられた体に抱きつき、4年ぶりの再会を喜んだ。
「はははっ!前はまだまだ小さな娘だったからな。しかし、しばらく見ない間に立派な淑女になったと思ったんだが、思い違いだったようだ。お
ランボルトはロゼリアーナを背中であやしながら、後ろでロゼリアーナの突然の行動に目を丸くしているアムネリアとリカルドに話しかけた。
「い、いえ」
「……」
ロゼリアーナは慌てる侍女と護衛騎士のことをランボルトから体を離して紹介した。
「お祖父様、こちらは私が王都へ行くときから側仕えしてくれているアムネリアと、王太子妃になったときに護衛騎士になってくれたリカルドです。二人にはとても感謝していますの」
二人はそれぞれ紹介に合わせてアムネリアはカーテシーを、リカルドは騎士の礼をした。
「そうか、それは良い巡り合わせだったな。ワシからも礼を言おう。知っておるだろうがロゼリアーナの祖父のランボルトだ。ロゼリアーナが世話になっておる」
前パラネリア辺境伯爵から自己紹介の後に軽く黙礼されてしまい、アムネリアとリカルドは何も言わずに深々と頭を下げることしか出来なかった。
店内に置かれた木製品を見回したロゼリアーナは、スカートの右側のポケットからアクセサリーを取り出してカウンターの上にコトンと置いた。
「これを王都のお店で購入いたしましたの。お祖父様の作品が輸入されているとは驚きましたけど嬉しかったのです。それに、やはりこの店内のものも素晴らしい作品ばかりですわね」
ガラスや加工された素材ばかりではなく、綺麗に磨かれ漆や塗料が塗られた木製品の艶やかな表面が柔らかく光を反射している。
「このペンダントはお前と陛下の物を作ってから、形や大きさなんかをいろいろ工夫してみるうちに在庫が増えてしまって困っていたんだ。ちょうどその頃、店に来るようになった商人から、定期的に数を揃えられる品がないかと言われて出しているやつだな。もちろん手抜きはしてないぞ」
ロゼリアーナが置いたペンダントをぶら下げて確認すると、ロゼリアーナ達を見ながら王都のアクセサリー店で売られるようになった
「そうでしたか……。お祖父様に手抜きをするように頼んでも出来ないのでしょう?そう言えば失敗作も見たことありませんでしたわね」
「ワシにも昔はいくつか失敗作はあったが、森のデカブツとの勝負と同じだと考えるようになってからは失敗はなくなったな。要するに集中力の問題だ」
木工細工の製作が、『薄闇の森』の大型動物との真剣勝負と同じくらい集中力が必要と言いたいのだろうとロゼリアーナとアムネリアは受け取った。
リカルドはまだ実際に大型動物を見たことはないが、集中力を大切にすることで良い作品が多く生み出されることはわかった。
「お祖父様らしい考え方なのでしょうね。そのお陰でこんなに素晴らしい作品が出来上がるのですから凄いですわ」
カウンターに向かっていたロゼリアーナはくるりと振り向くと再び店内を見回して楽しげに言いました。
それを見たアムネリアとリカルドは顔を見合せて同意を示すように頷く。
「ところでそこのリカルドと言ったか、お主はホセルスの部下だろう?陛下の親衛隊の。ほれ、預り物だ」
カウンターの内側にある引き出しから一通の手紙を取り出して差し出す。
「はいっ!ありがとうございます」
リカルドは自分の方に差し出された手紙を受け取ると開封せずに内ポケットにしまったが、内容はランボルトが教えてくれた。
「ロゼリアーナの父親が力量を認めていなければ、お主は今日ロゼリアーナに同行してここへ来ることなく王都へ送り返されていたところだな。それは正式なロゼリアーナの護衛指示書だそうだ」
ニヤリと笑いながらさらりと驚くことを言われてリカルドは固まり、ロゼリアーナは口元に手をやり、アムネリアは目を見開いた。
どうやら先日のアーマンドとの手合わせは目的を持ったものだったようだ。
誰が誰の指示でどのようにランボルトのところへその手紙を届けたのかは、ロゼリアーナが聞いてみたが笑って誤魔化すだけで教えてはくれなかった。
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