第86話●私の近しい者達

「ねぇ、ロゼリアーナ。義父様おじいさまのところへは挨拶にいかないの?」


 お母様と屋敷のテラスで紅茶を飲みながら、私の部屋の内装を替えた時の話を聞いていたのですが、思い出したようにそう言われました。


 お母様へのお土産としてお渡ししたレシピで作られたチョコレートブラウニーの皿が、下に氷を入れた器の上に乗せられています。


 厨房長がチョコレートが溶けないように工夫してくれたようです。


 私もお祖父様に挨拶に行きたいとは思っておりましたが、以前と違って私一人では行かせてもらえませんので迷っていたのです。


 そのことをお伝えしたところ、お母様から不思議そうな顔をされました。


「あら、一人で行くことないじゃないの。アムネリアとリカルドを連れて行けばいいわ」


「でもお母様、本当はリカルドはもう私の護衛騎士ではないのですよ。ここまで着いて来てくれたのも最後の仕事としてですわ。それに、アムネリアも王妃になる私の侍女として付いてくれていたのでお城のことも詳しいのですもの、あちらで勤めた方が彼女の為だと思うのです。二人は王都へ帰ってもらうのが良いのではないでしょうか」


 王都で過ごす私の側にいつでもいてくれた。


 お城を出てからの3週間も二人のお陰で楽しい気持ちでいられることが多かった。


 沢山助けてもらったのですからもう十分ですわ。


「あなたがそう言っても本人達がなんと言うかわからないわよ」


「はい。ですので二人には私から薦めてみます。二人のことが決まったら私はお祖父様のところへ向かいますわ。随分お会いしておりませんもの」


「ふふふ。ロゼリアーナがしたいようにすればいいわ。昔から言っているように自分の言動に責任を持ってさえいればね」


 っ!……息を止めてしまうほど、お母様のお優しい笑顔からかかる圧力を感じましたわ。


「…はい。覚えております」


「ならいいわ。……今回のことはあなたのせいではないのですしね」


 紅茶のカップの向こうで呟かれた言葉は聞き取れませんでしたが、お母様も納得してくださったようで良かったですわ。



 *** ***



「えっ!?私はもうロゼリアーナ様には必要ないのでしょうか?」


 夕食後部屋へ戻って寝支度を整えた後、私が王都へ戻ってお城勤めをしてはどうかと薦めたとたん、アムネリアの表情が崩れてしまいました。


「違うわ。アムネリアは必要な人よ。これは本当のことよ。でもあなたが持っている王宮の侍女としての技術と知識をお城で生かした方があなたの為になると思うのです」


「私の事を考えてくださることはありがたいですが、失礼ながらそのようなお気遣いをしていただくことはありません。私が得たものは全てロゼリアーナ様のお力になりたくて、ロゼリアーナ様に笑顔でいていただきたくて得たものなのですうぅっ……。ぞれに、グズッ、それに、私はもともとこのお屋敷で雇っていただいたのですから、もしロゼリアーナ様の側仕えから離されようと王都へは行きません」


 アムネリアは話の途中で涙と鼻水で詰まりながらも、私の侍女でありたいと望んでくれていることを伝えてくれました。


 私がそっとハンカチを差し出すと恐縮しながら受け取ってくれました。


 アムネリア自身に幸せになって欲しかったのですが、自分の事より私の事を優先してくれるほど大切にしてくれているのであれば素直に甘えてしまいましょうか。


 お互いに相手を思いやっても、それが相手の望むこととは限りませんものね。


「アムネリアありがとう。私も自分から言い出したことでしたが、本当は姉だと思っている貴女あなたと離れることはつらかったのです。アムネリアが望んでくれるのであればこのまま私の側仕えをして欲しいわ」


「もちろん望みますとも!ロゼリアーナ様、これからもよろしくお願いいたします!」


 涙をぬぐったハンカチを持つアムネリアの手を取ってお願いすると、強い力で握り返して返事をしてくれました。


 またアムネリアの頬を涙が伝い落ちました。


 私の頬にも冷たいものが伝い落ちていきました。


 私達はしばらく頬を拭うこともせず、何度も頷きながら静かに微笑み合っておりました。



 *** ***



 翌朝、家族揃っての朝食が終わる頃、お父様が言われました。


「ロゼリアーナ、アムネリアとリカルドを王都へ行かせることを考えているそうだね」


 お母様から聞かれたのですわね。


「はい。ですが、昨夜アムネリアと話をしたところ、私の側仕えを続けたいと言ってくれましたので引き続き私の側に置いていただくようお願いしたいのです」


「それは構わないよ。もともとアムネリアはお前の侍女として雇っているのだからね。本人がそう望むのであれは良いのではないかな?それからリカルドのことなのだがね、陛下の親衛隊の隊長からしばらくは引き続きお前の護衛騎士として屋敷に滞在させて欲しいと連絡があったよ。あちらはなかなか落ち着かないようだね」


 お父様からはアムネリアの件についてはホッとする、リカルドの件についてはハッとすることを言われましたが、私は今どのような顔をしているのでしょうか。


 アムネリアのことはもう大丈夫ですね。


 リカルドのことは……親衛隊の隊長から?

 ホセルス様ですわよね。

 エドワード様の幼馴染の。


「お父様」


「なんだい?」


「リカルドのことだけ連絡があったのですか?」


「はっきりしていることはそうだね」


 お父様ずるいです。

 はっきりしてない何かについても連絡があったのですね。

 落ち着かないとはまだエドワード様は忙しい日々を送っていらっしゃるということかしら。


 私がお父様の返事に考え込んでいるうちに、お父様はお母様を連れて朝食を退席されてしまいました。


「ロゼッタ、良かったじゃないか。今まで君と一緒にいてくれたあの二人が引き続き側仕えをしてくれるんだろう?」


「そうですわね、お兄様。はい、私はそれが嬉しいですわ」


 一緒にいてくれるアムネリアとリカルド。


 それを喜んでくださるお兄様。


 出戻ってきた私を受け入れてくださった両親。


 皆と一緒にいられるのですから、それが何より嬉しいですわ。

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