第85話●手合わせの行方②

 どうなっているのかわからんがリカルドが訓練場の真ん中で木剣を手にアーマンドさんと向かい合っている。



 ***



 辺境伯様から呼ばれてお屋敷を訪れたのだが、王妃様の旅の様子など本人から聞かれた話しなどを教えて貰えた。


 リカルドからの報告はもう当てにしないことにしている。


「訓練場でアーマンドがジャニウスと手合わせする予定になっていてね」


 いつもはアーマンドさんがしてくれる紅茶の支度をメイドがしてくれたので彼のことを尋ねたところ、意外な回答が返って来た。


「ジャニウス様が力量の差に落ち込まないように手合わせはさせないと言われてませんでしたか?」


「そうなんだけどね、私が君と打ち合っているところは最小人数以外を立ち入り禁止にしていただろう。見ていた者から話を聞いたジャニウスが強者と戦いたくてうずうずしてしまったようでね、大熊相手に単独で突撃するくらいには。君のことは内緒だし今の状況では相手をしてもらう訳にはいかないからね。アーマンドもそろそろジャニウスがどの程度まで上達しいるか確認してくれると言うから許可したんだ」


 この屋敷の人間が普通じゃない強さを持っているのはこの領地を管理する上で必要な力だと知っているが、単純に戦うことが好きなだけとも思える。


 自分が戦うことだけじゃなく戦いを見ることも好む者が多い。


 その最たる人物が目の前にいるこの地の領主なのだから、その息子も同じような人物だとしても驚かないというか、もう血筋なんじゃないか?。


「私からの話は以上だよ。気が向いたら訓練場に行ってみるといい」


 辺境伯様の部屋を出た俺は勧めに従って訓練場に来てみたわけだが、そこにはジャニウス様の姿はなく、アーマンドさんと向き合うリカルドがいたのだ。


 あいつは王妃様の護衛なのに何をしているんだ……ん?


 リカルドの向こうの観覧席にいる屋敷の者達と一緒に、その王妃様が座っているのが見えてしまった。


 ここにいるのは似た者同士ばかりなのだろうか。


 王妃様も実はそれなりに…と聞いたことはあったが見たことはないので実戦の方はわからないが、どうやら観戦することはお好きなようだ。


 エドワード様はご存知だったか?


 自分が守るとか言って危険な場所や男だらけの俺達の訓練なんかにも連れて来てなかったよな。


 暑い夏にフードをかぶりコートを着ている俺は不審人物と思われても仕方ないような格好だが、この屋敷に入れた時点で問題ない人物とみなされるので誰何すいかされることはないし、向こう側とは距離があるから俺が誰だかわからないはずだ。


 まぁ、このコートは日差しを避けることが出来て存外と涼しいし、それ以外にもいろいろ重宝している。



 騎士の一人が立会人なんだろう、少し離れた場所から始めの合図を出した。


 ふむ、アーマンドさんは様子見か。


 リカルドの動きを確かめながら立ち位置だけを替えてさばいている。


 リカルドも親衛隊の中では上位の腕前だったが、王妃様の護衛騎士になってからは訓練場では姿を見てなかったな。


 そのリカルドもしばらくはアーマンドさんの対応を待っているよう間があったが、突きをメインの打ち込みにしたようだ。


 アーマンドさんにはさすがに効かないだろう。なんと言っても長年『薄闇の森』で突撃してくる生き物を相手にしてきてるんだからな。


 そう思っていたが予想外にリカルドの突きは手数が多くて速いからか、アーマンドさんは回避に専念しているな。


 口元が緩んでいるように見えるか、さすがこの屋敷の執事。楽しんでいる。


 リカルドは冷静なタイプだからアーマンドさんの様子に苛立っているのかもわからん。


 体捌たいさばきと木剣でリカルドが繰り出す突きをかわしていたアーマンドさんだったが、足元の構えも見せずに突然リカルドの突きを木剣でくるりとからめ取る動きを見せた。


 リカルドはその絡み取られる動きに逆らわず手首を使って木剣をはじき飛ばされるのを防ぐ。


 観客席がどよめいた。見る方も見所を心得ているから面白いな。


 その後もリカルドが攻めていたが、アーマンドさんが半歩下がった後の踏み込みからの攻めが凄かった。


 リカルドも十数合耐えたのは良くやったがアーマンドさんの剣は重い。


 最後は受けようとしたリカルドの木剣が俺の方へ飛ばされて勝負がついた。


 どっと観客席が湧いて立ち上がり拍手が広がった。


 リカルドの奴も鈍ってはなさそうでなによりだったが、やはりあの当主にしてあの執事だな。


 辺境伯様にはジャニウス様の上達具合を見るとか言っておいて、本当は自分が手合わせしたかっただけじゃないか。


 俺が受け止めた木剣をアーマンドさんが取りに来た。


「お手数をおかけしました、ナーロ様。まさか見られているとは思いませんでしたが、機会があれば次は貴方とも手合わせ願いたいものですな」


「全力のアーマンドさんと手合わせ出来るのなら面白そうですね」


「はははっ!面白いですか、私もそう思いますよ。すみません、気が高ぶっているようです。若者との手合わせはいつも新鮮でいいですな。あぁ、あまり目立たせてはいけませんね。では失礼いたします」


 アーマンドさんもリカルドと同じように気が高ぶると饒舌になるのか。


 ……奴がこの屋敷に馴染むのもすぐだな。


 リカルドと、奴に近寄って話し掛ける騎士や屋敷の者達を観客席から見ている王妃様。


 エドワード様、王妃様は素晴らしい笑顔だぞ。


 今頃城の執務室にこもっているだろうエドワード様の顔を思い浮かべながら訓練場を後にした。


 頑張って早く来いよ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る