第84話●手合わせの行方①

 青い色調で整えられた部屋のベッドで目を覚ましたジャニウスは即座に自分の状況を理解した。


「アーマンドの奴、また遠慮なくやってくれたわけか。あ~っクソッ!やっと手合わせしてもらったのにまだ全然ダメとかないじゃないか」


 寝ていた体を反転して枕に顔を埋めると叫んだ。


「父が申し訳ありませんでした。ジャニウス様、ご気分はいかがですか?」


 ベッドのすぐ近くから心配そうに声がかかったが、近くに人がいたことで顔を上げられなくなったジャニウスは枕に抱きついた。


「ジャニウス様!ご気分が悪いんですか!?すぐにお医者様を呼んできますので少しだけお待ちください!」


 慌てた声がしたあとに背中にあてがわれていた手の重さがなくなった瞬間、ジャニウスは自分の手でそれを追って捕まえた。


「ナンシー、大丈夫だから」


 くぐもった声で心配ないことを伝えたが、まだ枕に突っ伏している。



 リカルドの立ち会いのもと、ジャニウスはアーマンドと手合わせをした。




 ジャニウスが本格的に『薄闇の森』での仕事を一人で指揮するようになったのが、2年前にアーマンドとした手合わせの後だった。


 もちろんその時も負けた。


「騎士達よりは幾分かは」


 アーマンドが出したのは厳しい評価ではあったが、その評価を聞いた父のユリシウスが指揮の許可を出した。


 その手合わせの時は全身の打ち身がひどく2日半寝込んだ。


 その手合わせの前にアーマンドから言われていた。


「自分の体の限界を知ることは『薄闇の森』で戦うことで大切なことです。自分でどこまで出来るのか、どうなったら危険なのかを体で覚えましょう。待避するタイミングを間違えてはいけません」


 そして手合わせ開始から十数合で力量の差を感じたものの、降参しなかったジャニウスは気絶するまで容赦なく打ちのめされてしまった。


 そして今回は数十合までいったが降参したに時は足がふらついていたような気がするので、どうやらその後にまた倒れてしまったようだ。



「ナンシー、アーマンドは何か言っていたか?」


 枕ごしの低い声でもナンシーにはわかったようで、知っていることをジャニウスに答えた。


「父は『実践でかなり鍛えられたようだ』と言っていたそうです。私もアムネリアから聞いたのですが、ジャニウス様が騎士達にここまで運ばれた後にリカルド様と父の手合わせが行われたそうですよ」


 その話を聞くと、ナンシーを掴んでいない方の手をベッドついて勢い良くジャニウスが起き上がった。


「なにっ!アーマンドがリカルドと!?」


「あ、はい。アムネリアが言うには凄かったらしいです。私はジャニウス様が運ばれて来てからずっと此処にいましたので、アムネリアがロゼリアーナ様と様子を見に来られた時に少し聞いただけですが」


 目を見開いてナンシーの顔を見ていたジャニウスは話の途中から目を反らすと最後はうつむいてしまった。


「見逃してしまったのか……」


 ジャニウスはロゼリアーナが考えていたように『アーマンドに勝ってリカルドとも手合わせをする』などと思ってもいなかった。


 さすがに自分の力量ではまだアーマンドに勝つことは無理だとわかっていたので、とにかくどこまでついて行けるのかを試すつもりで挑んでいたのだ。


 予想以上に長くアーマンドの剣を受けていられたことに自分の腕の上達を喜んだものの、今回も降参のタイミングが遅くなってしまったようで、リカルドを誘った本当の理由である二人の手合わせを見ることが出来なかった。


「父上がホセルスとの訓練と言う名の勝負をされていた時も見せてもらえなかったのに、また今回も見逃してしまったのか!」


 大の大人の男がベッドの上で項垂れているのは情けないものなのだが、ナンシーは慣れた様子で声をかける。


「仕方ないですよ。ジャニウス様は気を失っていらっしゃったのですから」


 ナンシー、そうだけどそうじゃない。


 他に誰かがいれば突っ込んだだろうが、あいにく誰もいないのでナンシーの言葉で追い討ちに合ったジャニウスは再び枕に突っ伏してしまった。


「ジャニウス様!?」


 呼んでも今度は返事をしないジャニウスに上掛けを掛け直すとナンシーは医師を呼びに行ったが、医師が来た時には枕にしがみついて寝てしまっていた。


 医師は寝ているジャニウスを診察してナンシーから話を聞くと呆れた顔で首を振り、症状と今後の処置方法を伝えて去って行った。


「ナンシー、ジャニウス様は寝ておられるだけじゃ。おそらくじゃな。お前さんはもうちっと言葉を選んで話した方がお互いの為になると思うぞ。とりあえず起きられたらお体の動作確認をしていただくよう伝えておくように」


 医師を見送るナンシーはその言葉に首を傾げていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る