第81話●趣味の部屋拝見

 その扉を開けたのはリカルド。


 内開きの扉をゆっくりと押し開き、今まで歩いてきた廊下に比べて薄暗い室内に足を入れる。


 後ろに続くのはロゼリアーナ、次にアムネリア。


 その二人が部屋に入ると静かにリカルドは扉を閉める。


 しんと静まった室内は、閉められた窓のカーテンの隙間から入るわずかな明かりのお陰で歩くのに不自由するほどではなかった。


 その明かりを頼りにアムネリアが窓まで進むと、シャッと音をたててカーテンを開けた。


 窓の外にある大きな木から伸びた枝には緑色の葉が重なりあって繁り、夏の強い太陽の日差しを室内に反射させた。


 瞬間、室内に様々な木彫り細工の生き物が姿を現してリカルドを驚かした。


「これらの為にあつらえた部屋と聞きましたが数がすごいです!」


 棚や台の上には種別ごとに分けられた動物や植物が置かれている。


 表情や仕草の違い、大きさや色の違いはあれど、はっきりとわかる精巧な仕上がりは一つ一つを丹念に見て回りたくなるほど。


「リカルド、ほら、あちらが以前オロンにいたときに話をしたものですわ」


 ロゼリアーナが指差した先の棚にはいくつか巻き貝や二枚貝が置かれており、右端には赤子の頭ほどの大きさで螺鈿細工を施された巻き貝が置かれていた。


「本当に螺鈿細工の工房で磨かれた巻き貝と同じに見えてしまいますね。木製品であれば本物より軽いのでしょうか…いえ、中身があるから重い?

 白、赤、黒、これは紫に見えますね。木製品と言えば茶色のイメージでしたが、こんなに他の色の種類があることも知りませんでした」


 どうやらリカルドは興奮すると良く喋るようになるらしいと、ロゼリアーナとアムネリアは帰途の間に気付いたので、今日もよほどこれらのコレクションが気に入ったのだろうと微笑ましく聞いていた。


 パラネリア辺境伯の趣味の部屋に入室を許可された三人は、部屋のあるじ自慢のコレクションを時間が許す限り見て回ることにした。



 リカルドは初めての木彫り細工コレクションの観察、ロゼリアーナとアムネリアはそれぞれが以前に見た時より増えているものを見て回ったのだが、予想外の多さに全てを見ることが出来なかった。



 *** ***



 ネスレイの馬車でパリオに到着した夜、談話室で家族と話をしている途中でロゼリアーナは部屋に一度戻り、王都で購入してきた家族へのお土産を取って来て手渡した。


 兄へは蒔絵のペンを2本色違いで。


 母にはアップルタルトとチョコレートブラウニーのレシピ。


 父には木彫り細工の手乗りグリフォン。



 兄のジャニウスは自分で購入したペンを持ち歩いて、いつでも気付いたことや考え付いたことを書き留めていたが、最近少し書きづらくなり買い換えを考えていたところだったらしく、こんなに綺麗なペンを貰えてちょうど良かったと喜ばれた。


 母のドロシーはロゼリアーナからいかに美味しかったかを聞くと嬉しそうに厨房長に連絡を入れて、レシピに書いてある材料を見比べて足りない材料があれば準備して明日にでも作って欲しいと頼んでいた。


 こんな遅い時間に呼び出されてもにこやかに返事をして退室した厨房長は、自分のレシピとの違いに感心しながら食在庫へ向かった。


 父のユリシウスは手のひらに乗せたグリフォンを嬉しそうに角度を変えて眺めていた。


 その機嫌が良さそうな様子を見たロゼリアーナも嬉しく思いながら、父のコレクションルームへの入室を願い出ればすんなり了承してもらえた。


 どうやら想像上の生き物は作者によって全体像が変わるらしく、その作り手のイメージの違いが面白いらしい。


 しばらく眺めてからロゼリアーナがこのグリフォンの木彫り細工を購入した店を聞くと、次回王都へ行った時には覗いてみようと言うほど気に入った様子だった。


 それほどに木彫り細工を好む主のコレクション収集は子供の頃から続いているので、実は部屋に出されず別室に保管してあるものが多くある。


 それを知っているのは主の他には妻と執事だけであり、必然的にコレクションの入れ換えを手伝わされるのも二人だけということになる。


 妻のドロシーはそろそろ息子にも教えて手伝って欲しいところなのだが、主のユリシウスは触らせたくないらしく、少年のようにしかめっ面で拒否をする。


 その顔を向けらると仕方がないと諦めてしまうドロシーと、人数の増加を最初から諦めている執事のアーマンドは、ロゼリアーナが帰って来ると連絡を受けた後にもかなり大がかりの入れ換えを手伝っていた。


 それを知らないロゼリアーナ達は偶然に以前と同じ場所に目的の細工が出されていたことも知らずに室内を見て回るのだった。

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