第80話●この国あの国この両親

 トライネル王国は4つの国と接している。



 国の東側、パラネリア辺境伯領のさらに東にあるのがカラネール王国。


 カラネール王国は牧草地が広く肉と乳製品が輸出の大半を占めている。


 トライネル王国に近い地域には山もあり、キノコの種類が多いことに気付いたモチェス領主の提案により、20年程前からそれらも輸出するようになった。



 国の北側、東西に農地が広がった更に北に連なる山脈を抜けると海沿いあるマリナーラ王国。


 マリナーラ王国は海産物を主軸として輸出しているが、特に他国が求める物が塩である。


 塩田が広がる地域は人や物資の出入りを厳しく取り締まっている。



 国の西側、大きな湖を周り込み果樹園を通り抜けた西にあるのがディザネール王国。


 ディザネール王国の主な輸出品は果物とワイン。湖の周辺の高い湿度を利用して麻も作られている。


 ワインはトライネル王国でも作られているが、ディザネール王国の物は香りも高く上質の物が多い。



 国の南側、前王弟の公爵領から大きな山を越えたさらに南にあるのがモンテネール王国。


 モンテネール王国は気温が高く、近隣諸国の中で唯一スパイスを輸出している。



 トライネル王国の輸出品は多種の農産物から細工物などの工芸品、生活用品まで多岐にわたり、必然的に輸出額は他国より多い。


 もちろんそれぞれの国や地域でも似たような物は作られたり産出されている。


 それらは自国内で消費、利用されることが多いが、中には各地を移動する商人達により見出みいだされた良いものは買われて行き、その先で売られている。


 トライネル王国のように町ごとの主要生産品として扱っているわけではないので、国として把握していない輸出品も数多くあると予想がついた。



 トライネル王国の元外務大臣ルパート伯爵の采配により、商人達が買い付けした時の取引書類には町印が押されるようになった。


 町印は町ごとに違うが、印鑑の色は国ごとに分けた。


 トライネル王国は黄色

 カラネール王国は青

 マリナーラ王国は黒

 ディザネール王国は緑

 モンテネール王国は赤


 この印鑑の色により、商人達が商品を卸した先では取引書類を確認することで元の仕入れ先の国を知ることが出来るようになった。


 まだ施行せこうされて2年程の為調査段階ではあるが、今後輸出額が多い地域や産地は国から税金が上げられ、輸出額が減少しているところは税金が下げられるようになるだろう。


 そして国同士の関税率判断の資料としても利用することが出来ると考えられている。


 施行当初は商人達からの反発があったが、今では商品に対する保証にもなると前向きに受け止められるようになっている。



 *** ***



「父上が主導されたこの方法は官民どちらにとっても画期的ですね」


 現在の外務大臣を務めるソラネル・ルパートは就任してから読み進めてきた資料から、父が自国はもとより、各国から信頼と尊敬を集める理由の多さに驚嘆していた。


 その中でも今後は自分が主導して進めていかなければならないものを拾い上げていたのだが、特に現在調査中のものが目に止まり、その有用性に興奮してしまった。


 父から『お前なら出来る』と言われて喜んだものの、これまでは準備段階だったものを実際に活用していくのはやはり怖くもある。


 集められた書類の整理は部下に任せ、届けられる各国からの書面を脳内に記憶する。


「この2国からの問い合わせにはどう回答するつもりだ?」


 忙しく部門間を巡る中で顔を出してくれた父から問われ、ソラネルはしっかり理由まで答える。


 それを聞いたルパート卿は嬉しそうに頷きつつも一点だけソラネルに助言すると、かつての部下達からの質問にも簡潔に返答をしてから次の部門へ向かってしまった。


「ソラネル様、ベルナリオ様からお預かりしました」


 出口に近い席に座っていた部下から手紙を渡された。



『ソラネルへ

 いい加減屋敷へ一度帰って来なさい。

 お父様は毎日帰って来られているのに貴方が帰って来られないはずはありませんよ。

 お仕事を頑張っていることは聞いていますが、貴方の体も大切にしなくてはなりません。

 この手紙を読んでも帰って来ないのであれば明日は私がそちらに行くことにします。

 お父様もご承知です。

 では、夕食まで引き続きお仕事頑張って下さい。

 母より』



「母上…、父上に配達させるとは……」


 城と屋敷の移動さえ面倒で城に泊まり込んでいるソラネルを心配してくれているのはありがたいことだ。


 忙しい父に個人的な手紙を預ける母と、それを直接自分に渡さず部下に預ける父。


 自由で愛情深い母と、規律を重んじ情に厚い尊敬する父。


 今夜は久しぶりにそんな両親と夕食を供にしたくなった。


「さぁ、みんなも頑張って早めに書類を出してくれ。私は今日は城に泊まらないからね」


「「「「えっ!?わかりました!」」」」


 上司が就任以来初めての帰宅だと言うことを部下達は知っているので、手元の書類をいつもより早く仕上げようと集中し始めた。


 その様子に目を丸くしつつ嬉しく思うソラネルは、父から指摘された一点を見直す為に自分も書類に目を落とした。





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