第79話●あなたに任せます

 目の前には聞いたことはあったが見るのは初めての物が、青いビロードの布の上に置かれている。



 手のひらほどの大きさの箱は見慣れていた。


 自分が自信を持ってやった仕事の成果が入れられて、それが欲しいと望む者に届けられる箱と同じような物。


 多少は箱の表面が豪華だと思っていたが、その箱の豪華な蓋が取られて中身を目にした時は外箱と中身の差に笑いそうになった。


 ありふれた水晶の立柱が大切そうにビロードの上に乗せられていたからだ。


「まさかこれでワシに依頼をしたいと言うのか?わざわざこんな豪華な箱に入れてまで持ってくる程のものではないだろう。うちにも似たものはいくつもあるが?」


 そう言って、箱の蓋を横にずらして置いた依頼主の方へとそれを押し戻そうと、テーブルの上をすべらせて動かした時に気づいた。


 水晶の立柱の真ん中辺りが揺れたように見えた。


「!」


 自分が見たものに驚き視線を動かせなくなってしまい、出していた手も戻せずに固まってしまった。


 しばらくして目線だけを依頼主に向けるとワシの様子に満足したような顔をして頷いているのが見えた。


 止めてしまっていた息を吐き唾を飲み込む。


 それを押していた手だけを引き戻しながら上体を起こした。


「まさか?」


「おわかりになりましたか」


「『水入り水晶』か」


「はい。先日ドルイの店で偶然見つかり、公爵様の元へ送られて来たものです」


 再び大きく頷いた依頼主の落ち着いた様子に腹が立つ。


「はっ!こんなもんワシに預けると言うのか?工房になんて置かれた日には寝ずの番でもしろってことかよ」


 驚きを通り越して呆れてしまう。


 それでも依頼主は喧嘩腰の口調に眉を潜めることもなく告げる。


「あなたにお任せするようにと言われてこちらに参りましたので引き受けて頂くしかありません。警備の心配がおありでしたら完成までこちらで手配いたします」


 仕様依頼は普通の水晶であれば簡単なものだ。


「多少の仕様変更は許容してくれ。しかしこれの希少性を知ってたら身に付けられるものではないだろうに、どうしてまたこんな仕様にするんだかな」


 こんな貴重な素材の加工を自分だから任せると言われてしまったら、職人魂が揺さぶられて断れるわけがない。


「はい。仕様については大きな違いがなければ大丈夫です」


「わかった。じゃぁ警備の方は頼む。それと今受けている注文を後回しにする分の違約金も計算させるぞ」


「承りました。それではまた後程、警備の者を連れて伺いますので詳細についてはその時に。失礼いたします」


 依頼主は豪華な蓋を元の通りに被せると、持って来た時と同じ鞄に入れて護衛と供に応接室から出ていった。


「まいった!まさかこの目で見られてこの手でさわれるとはな。取り敢えず仕様の調整をしておこう」


 渡されたままの仕様依頼書を広げ、使う金属の強度や重量を加味したものを考える。


 ワシも職人だ。出来る限り最高のものを作ってやろう。


『水入り水晶』を使ったペンダント。


 2度とは出来ない仕事になるはずだ。



 *** ***



「引き受けて貰えたかしら。あの方の細工は本人の見た目と違ってとても繊細なつくりをしていると聞いているわ」


 私が戻るとマーガレット様から心配そうに失礼な問いをかけられたので眉間を押さえたくなった。


「あれを工房に置いてあるだけで寝られなくなると言われましたので、完成までの期間護衛する者を数名交替で行かせます。あとは現在受注している品の遅延による違約金も請求されましたので、これからまた正式な契約をして参ります」


「わかりました。その契約はルシルスとミルカに任せるわ。それと、先に発注していた方々への挨拶もお願いね」


 先日の会議で更に話題に上がるようになった『水入り水晶』を加工すると宣言されたマーガレット様は、領地内の細工師の中から最も有名な工房の代表に依頼を出された。


『水入り水晶』が発見されてから開かれた会議で決まった通り、同時期の同じ坑道から発掘された水晶で公爵領にあるものの再調査がされている。


 今現在他に見つかったとの報告がないにも関わらず唯一を加工することには大反対があった。


 しかし、マーガレット様だけではなく公爵夫妻が決められた事だと後日知らされた。


 マーガレット様が加工宣言された時に強く反対した上、公爵婦人に相応しくないと訴え始めた者達はまだ放置中だが、今後どのように転がされるかは調査報告次第なので楽しみなところだ。


「かしこまりました。ではミルカを連れて行って参ります」



 さて、工房の代表に受注者リストを貰えるように頼めるか?


 よし、ミルカから頼んで貰おう。


 貰えなければ調べるだけだが、俺は本来ただの騎士だったんだかなぁ。


 窓の向こう、王都に今もいるかはわからない友人を思い出した。


 陛下の親衛隊隊長とまた酒を飲むのを楽しみにすることにしよう。



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