第78話●ある夜の隊長と商人

 ロゼリアーナが屋敷へ入って行くのを馬車から少し離れた位置に待機していたネスレイが見送っていると、ユリシウスが視線を向けて労うように片手を上げ、ロゼリアーナの後に扉の向こうへ消えて行った。


 今日のロゼリアーナのお迎え依頼の報酬については、屋敷の皆が出迎えをしている間に執事から受け取っている。


 ネスレイは部下達と馬車の馭者に合図をすると、今夜の宿へ向かうためパラネリア辺境伯爵邸を後にした。


 領都パリオの宿屋は大通り沿いに多く作られており、並んだ赤い建物の入り口の上に、看板としてベッドの絵柄が掛けられているのでわかりやすい。


 大きめの宿屋の看板にはスプーンとフォークの絵柄が並んで掛けられていて、宿泊客以外も食事も出来るようになっている。


 ネスレイは既に2泊している宿に着くと、宿の厩舎係りに馬を預け、馭者を除く部下達と供に押さえてある部屋へ入った。


 馭者は宿の受付に預けてあった荷物を受け取って積み込むと、馬車を別の場所へと移動させていった。



 ***



 赤い町並みに街灯の明かりが白く輝く時間になると、まず食事処が活気付き、しばらくすると酒主体の店も賑わいを見せ始める。


 ネスレイ達が泊まる宿の裏手、大通りから一本西側の通りにある店にも男達が集まり、店の奥にはむせそうな熱気が籠っていた。


 その熱気を敬遠して、店に入ったところにある立ち飲みカウンターで一杯だけ飲んで去っていく者も多い。


 その客は店の主を見つけると注意を自分に向けさせてから天井を指差し、カウンター脇にある階段を登った。


 2階の左手に進むと、拳一つ分だけ扉が開いている部屋にためらいなく入って行く。


 部屋の真ん中にはテーブルが置かれ、椅子が4つテーブルの端をそれぞれが囲むように配置されている。


「すまない、待たせたな」


 先に椅子の一つに座って待っていたネスレイに後から部屋へ入ったホセルスが謝る。


「いえ、それほど待ってはいません。宿もすぐ裏ですから私も少し前に来たばかりです。私の方の辺境伯爵様からの依頼は無事に終わりました」


 向かい側の椅子に腰掛けたホセルスとネスレイは、二日前にユリシウスの屋敷で顔を合わせたばかりだった。


 ユリシウスからの注文品を届けに屋敷を訪ねると執事からそのまま来客用の部屋で待つよう言われ、しばらくして現れたユリシウスから屋敷に滞在していたホセルスを紹介された。


 そこでユリシウスはホセルスには隣国の町モチェスへの遣い依頼を、ネスレイにはカラマに滞在しているロゼリアーナの迎えを依頼した。


 ユリシウスは依頼を告げると二人を残して出ていってしまったので、二人は改めて自己紹介をした後、お互いの依頼の成功を願い合い、せっかく知り合いになったのだから依頼を達成したら一杯飲もうということにしてなり別れたのだった。


「そうか、王妃様が屋敷に入られたのなら辺境伯様も安心されただろう。お忍びの方のお迎えをご苦労だったな。俺の方はただ手紙を届けるだけだったから少し寄り道が出来たよ。まぁ一人だから気楽な依頼だった」


「ナーロ様はモチェスのご領主と面識がおありだったそうですね」


「あぁ、最初に会った時も辺境伯様から紹介してもらったな」


 ホセルスが頷いて答えていると部屋にノックが響き、食事と酒が運び込まれてテーブルの上が埋まった。


「あの方の顔の広さ、人脈は素晴らしい資産ですからね。それを惜し気もなく私達の時のように引き合わせて下さるのですから、商人の私にはありがたいばかりです」


「商人と言うだけにしてはネスレイ殿も辺境伯様に近いものをお持ちのようだが?」


「そう思っていただけるほど私も貫禄が付きましたかな?」


 貴族に出入りする商人達の中には媚びるだけの者もいれば、貴族をを利用しようとする者、貴族に取り入って絞り取ろうとする者もいる。


 ホセルスはネスレイはそれらのどれとも違うように見えた。


「貫禄とは違うな。う~ん、懐に入り込むのが上手い?」


 まさに数日前に知り合った自分が今こうして一緒に食事をしているのだから、それは確かだろう。


「それは嬉しい褒め言葉をありがとうございます。なにせ私も商人。警戒心を持たれては商売になりませんからね」


 ネスレイは酒を二人分注ぐと自分のグラスを持ち上げた。


「まさに商売人ということか。俺も上手く乗せられここにいるのかも知れんが、不快ではないな。ネスレイ殿には自分に近いものを感じる」


 ホセルスもグラスを持つとネスレイの物と軽く 合わせた。


「恐れながら私もそう思いますよ。取り敢えずお互いの依頼達成のお祝いをしましょう。この店は今日モチェスの乳製品とキノコを仕入れたばかりだそうですよ」


「俺はそのモチェスから帰って来たばかりなのだが?」


「私はあちらに行ってませんから」


 しばらく笑ってからは互いに言葉と表情を見やりながら近隣の情報交換などをして店の食事を堪能した。


 酒と食事があらかた片付いた頃、また機会があれば飲もうと約束し、挨拶を済ませてそれぞれの宿へと戻って行った。


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