第75話●紅茶のジェスチャー
トントンと部屋の扉がノックされました。
ナンシーに向かって頷くと扉を開け、ノックしたお兄様を通してくれました。
お兄様はソファーから立ち上がった私を再び座らせると、ソファーの背もたれに腰かけられてからナンシーに紅茶を淹れるよう合図をされました。
このジェスチャーを合図と言って良いのかはわかりませんが、お兄様は子供の頃からジェスチャーやハンドサインをナンシーに出しては時々間違えられて言い合いをされてましたわね。
「ふふふっ」
「おや、ロゼッタ。何か思い出し笑いでもしたのかな?」
「はい、すみません。先ほどの仕草を見て、子供の頃にハンドサインの意味を間違えて言い合いをされていたことを思い出してしまいましたの」
「あ~、はじめの頃は沢山作り過ぎて自分でも覚えきれなかったからね。ナンシーに良く叱られたよ。結局ほとんどボツになったからハンドサインはあまりやらなくなったね」
一度天井を仰いでから腕を組み、おどけた表情で話していらしたお兄様は急に真顔になって私の顔を覗き込まれました。
「ロゼッタ、父上から伝言だよ。帰省理由は『休暇』で通せってさ。王妃様が『休暇』っていうのはどうかと思うけど、本当のことを知っているのは私達家族の他にはアーマンドと侍女長のローザンヌだけだからね」
つまりナンシーにも話さないようにと、わざわざこのタイミングで知らせに来てくださったわけですか。
「わかりましたわ。ナンシーには話しておきたかったのですけれど。でも、いずれわかることですのに皆に内緒にするなんて……」
ナンシーが私を大切にしてくれていることは知ってますので、突然帰って来たことを心配しているでしょう。
本当のことを話したらさらに気を使うようになってしまうかも知れませんから仕方ないですわね。
お兄様の顔から手元に視線を落として項垂れると頭に手を置かれ、ポンポンと軽く数回叩いてから撫でてくれました。
「私もそう思ったから父上に言ったんだけどね。ロゼッタ、君が王都を出て2週間経ったのに、国からは君の進退について何も布告がないなんておかしいと思わないかい?」
それは私も気付いていました。
「はい。エドワードが忙し過ぎて遅れているのか、ただ何かのタイミングを見ているのか、次の妃選びが面倒でしばらく隠しているのか……」
「ロゼッタ…、ロゼリアーナ?」
「…………あれが何かの間違いであったのなら……」
私は大きく息を吸って、首から下げた指輪を通したペンダントを服の上から握りしめてお兄様を見上げました。
***
小さなノック音が響きました。
「ジャニウス様の分と一緒にお嬢様にはミルクを足したものを新しくお持ちしました。ん?どうかされましたか?」
新しいティーセットを乗せたワゴンを押して来たナンシーが戻って来ました。
ソファーに無言で向かい合わせに座っていた私とお兄様の様子に首を傾げながらテーブルにセッティングしてくれます。
「ナンシー……。あのですね……」
セッティングが終わってワゴンを下げたナンシーに思い切って伝えなければなりません。
私の呼び掛けにナンシーは私のソファーの横まで来てくれました。
「どうかされたのですか?あ!馬車移動をされてお疲れでしたか?すみません!お着替えのことで急かしてばかりで、私としたことがお嬢様の体調のことをうっかりしていました」
一人で思い付いて勝手に話が進んで行くのは変わらないですね。
ナンシーが「寝室の準備を」と言って足を動かしたところでお兄様が止めてくれました。
「ナンシー、違うよ。そうじゃない」
「ジャニウス様はお嬢様の体調がお分かりになるんですか?」
「ロゼッタの体調はわからないけど、言いたいことはわかっているよ」
お兄様は面白がっている様子ですが、ナンシーは私のことを心配していて気付いていないようですわね。
「ナンシー、私の体調は心配いりませんわ。馬車はとても丁寧にしていただいたので疲れはほとんどありませんでした。そうではなくて、先ほどの……お兄様のジェスチャーですけれど」
「ごめんごめん、あれ、紅茶を頼むジェスチャーじゃなかったんだ」
私の言葉をお兄様が引き継いでくださいました。
「え?でも私を見て紅茶を飲む仕草をされましたよね?」
ナンシーはびっくりして目を大きくしながら体の向きを変えるとお兄様に近寄りました。
「う~ん、ロゼッタにもそう言われたんだけどね。ほら、私はナンシーを見ながら握った
「顎に拳…肘?…………大事な話?」
「そう。あまり使うことがないけど久しぶりにやってみた。ロゼッタと二人で話をしたいな~と思って退室してもらっただけのつもりだったんだけどね、ロゼッタからナンシーが紅茶の準備をしに行ったはずだと言うからまさかと思っていたんだけど」
「お兄様、私には優雅に紅茶を飲まれるジェスチャーにしか見えませんしたわ」
「私もです…っ !」
「ナンシー、せっかく淹れてもらったのだけれど、もうすぐお夕食でしょう?私は先ほどいただいたから、ね」
いつの間にかお兄様はセッティングされた紅茶を美味しそうに飲んでいらっしゃいます。
「はい、ナンシーはこっちに来て」
お兄様はご自分の隣を示してナンシーを座らせると、私の前からナンシーの前にミルクティーが淹れられたカップをソーサーごと移動させました。
「ロゼッタが夕食を食べられなくなったら困るから、代わりにナンシー飲んで行ってね」
「えっ!」
そして夕食の支度が出来たと呼ばれるまでの間、ナンシーがお兄様に振り回されて困っていることなどを、本人からの言い訳も交えながら3人でお喋りをして過ごしたのでした。
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