第74話●実家に帰りました

 起伏のある山道を馬車はゆっくり上って下り、カラマを出て半日ほどで賑やかな音が聞こえてきました。


「ロゼリアーナ様、パリオに着くみたいですよ。この山に響く賑やかな町の音が懐かしいですね!」


 パリオは周囲をほとんど山で囲まれているので、天候や湿度にもよりますが町の音が周りの山々に響いて跳ね返ったように聞こえて来るのです。


「ふふっ、本当ね。パリオに帰って来たと実感する音の響きですわよね。モチェスとパリオを往復していた頃は、馬車の中にこの響きが聞こえて来ると『また半月頑張らなくちゃ』と気を引き締めたものですわ 」


「私がお屋敷に上がった頃にはすでにあちらと行き来されていましたよね。私達も『お嬢様のお勉強の邪魔をしないように』とロゼリアーナ様がお帰りになられる前に気を引き締めておりましたよ」


「まぁっ!そうでしたの?知りませんでした。皆に余計な気を使わせたてしまっていたのですね」


「いえ、それは違います。私達もお嬢様の努力を見習って、自分達の仕事をより良いものにするために努力しようと考えるきっかけになっていました。それでまた旦那様を始めご家族の皆様方が喜んでくださるのが嬉しかったんですよ」


「本当ですの?」


「もちろんです。おそらく今回も皆がロゼリアーナ様のお帰りを楽しみにしながらお迎えの準備をしていることでしょう」


「そうでしたら嬉しいですわ。あら、馬車の振動が変わりましたわ」


 車輪から響く振動が少し硬いものに変わりました。


「町に入りましたね。ネスレイ様のお迎えのお陰で随分山越えが楽に出来て良かったですね」


「そうね、ネスレイ様に依頼して下さったお父様にもお礼を申し上げないといけないわね」


 窓にかかった布を上げて外を見ると、パリオの特徴ある赤みを帯びた土壁の建物が左から右に流れていきます。


 パリオでは建物の外壁には赤土を混ぜた塗料が塗られていて、例外は赤土を使って焼かれたレンガを使用した場合のみとされています。


 赤色は獣避けものよけとも病魔避びょうまよけとも言われていて、建物の向こうに見える夏の緑色をした山と町の赤い建物のコントラストが夏のパリオの見所の一つだと思います。


 カラマ側の門から入り交差する町の中心の大通りを北に進んで行くと馬車が一旦止まりましたが、またすぐに動きだして進むと少しして完全に停止しました。


 馬車の扉が外側から開けられ、リカルドが差し出してくれた手を支えにして馬車を降りました。


 屋敷の入り口にはお父様とお兄様が迎えに出てくださっています。


「お帰り、ロゼリアーナ」


「ロゼッタ、お帰り!疲れただろう!」


 始めはお父様から軽く、次にお兄様からがっしりと抱き締められてしまいました。


「お、お兄様、少し手を緩めてくださいまし。ますます力が強くなられたようですわね」


「おや、そうかな?ごめんごめん」


「いえ、大丈夫です」


 お兄様から離れてお二人の前で姿勢を正して挨拶します。


「お父様、お兄様、ロゼリアーナただ今帰って参りました」


 カーテシーをしてお父様を見ると少し呆れたようなお顔をされています。


「ロゼリアーナ、話はまた後からゆっくりすることにしてまずは部屋へ行って少し休みなさい。アムネリアもお疲れ様だったね。ロゼリアーナはナンシーにしばらく任せるからお前は侍女長のところへ行ってくれ。君はリカルド君だね。ここまでロゼリアーナの護衛をして来てくれたことに感謝する。アーマンド彼の案内を頼む」


 お父様の流れるような指示に従って皆が動き出しました。


 屋敷の皆も入り口の両側に並んで出迎えてくれています。


 懐かしい顔ばかりでつい一人一人に頷いているとナンシーから急かされてしまいました。


「お嬢様、皆への挨拶もまた後で出来ますよ。さぁ、まずはお部屋へ行かれてその動きやすそうな衣装を着替えましょう!」


 あら、そうでしたわね、今日も乗合馬車に乗るつもりでしたので、今まで通り木綿のワンピースを来ていました。


「こちらのような衣装はとても動きやすくて何枚か購入してきましたわ。アムネリアとのお揃いもありますのよ。なかなか一緒に着てはくれませんけど。ふふっ」


 私が笑ってそう言うとアムネリアが「ロゼリアーナ様!」と顔を真っ赤にしてしまったのはどうしてかしら。


 そして、それを見て笑う皆に囲まれるようにして屋敷へ入るのでした。


 ナンシーを連れてお城に上がる前に使っていた部屋に入ると模様替えがされていていたので、ゆっくり見回しているとまたナンシーに急かされて着替えさせられてしまいました。


 着替えてからソファーに座るとナンシーが出してくれた紅茶は以前から好んでいたもので、一口飲むとホッと安心感が湧きあがり、ゆっくり飲み干してからカップをソーサーに戻しました。


 色調や備品は変わっても基本的な配置は以前と同じにしてある部屋を見回してから、ソファーの背もたれによりかかり今の自分の状況を考えました。


 始まりは一枚の書類。


 王都を出発して2週間。


 その間に新しい出会いと懐かしい再会があり、知識では知っていた物を実際に見たり体験しました。


 周りの目や意見を気にすることなく、自分の為の時間を過ごし、沢山のことを考えることが出来ました。


 そして今日、私は実家に帰って来たのです。



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