第69話●乗合馬車の中で

 お父様からの依頼でネスレイ様が馬車迎えに来て下さいましたので、乗合馬車で移動する旅はカラマに到着するまでに乗ったのが最後になってしまいました。


 大きな乗合馬車の中ではリカルドが出来るだけ男性達からは距離を取るようにと言うので、子供連れの親子や老夫人とお話しすることが多く、旦那様がお仕事をされている町に向かわれる方、ご友人やご親戚のお宅へ行かれる方などがいらっしゃいました。


 馬車に乗ることが滅多にないからか、子供達は大抵最初は興奮気味に窓から外を眺めたりしていたのですが、やがて親の膝に乗ったり抱っこしてもらったりと甘えている姿を見せてくれることがありました。


 そのような幸せそうな親子の様子から、見ていた私まで温かい気持ちを分けていただいたように思います。


 他にも、自分に合う仕事を探していると話された方は、町ごとに置かれた組合に申請するといくつかある体験工房で雑用などの仕事を紹介してもらえるそうで、その仕事をしながらどのような物がどのようにして作られるのかを見て回っているとのことでした。


 私が紙漉き体験をしたことを話すと、原材料のこうぞを紙漉き出来るまでにする手間がいかにかかるか、全部に関わったわけではないがと前置きされてから、ご自分が得た知識と経験について話してくださいました。


 クワ科の楮は毎年収穫できるので冬に刈り取り、蒸気で蒸した後、冷水をかけてから剥がした皮を使うのだそうです。


 剥いだ皮は木灰で煮てから、流水でちりなどを取り除く工程を2、3度繰り返し、それを叩き盤に乗せて角のある棒で細かく叩くことで皮の繊維をほぐすのだとか。


 そしてまた流水で洗って余分なものを取り除いて綺麗にしたものが、ようやく紙漉きに使えるものになるのだそうです。


 私達も工房で一通り説明をしていただきましたが、塵を取る作業がいかに大変か、指先がふやけてしまったり、揺れる水面で塵を探すうちに目がショボショボしたなどと、身振り手振りを付けて話してくださるのでつい笑ってしまうこともありました。


 リカルドとアムネリアも紙漉き体験が気に入っていたらしく、時々彼の話しに口を挟みながら会話を楽しんで馬車の時間を過ごしたこともありました。



 カラマから東にあるパラネリア辺境伯領の領都パリオまでの街道は、王都からカラマまでのほぼ平らで緩い丘があるくらいの街道とは違い、傾斜がある山道になるのでかなり起伏があります。


 おそらくいつものように、揺れる乗合馬車に乗っていたとしたら、途中で乗り換え休憩を入れてたとしても体に大きな負担がかかっていたと思いますが、お父様はそれを考慮した上でネスレイ様を迎えに寄越してくださったのでしょう。


 ネスレイ様の馬車は平地から山部へ入ると速度をぐっと落として、少しでも揺れが小さくなるように気を配ってくれているようでした。


 そう言えばネスレイ様とも乗合馬車で知り合ったのでしたわね。


 王都を出る時の狙い通り、人々とふれあい乗客のみなさんの様子を見ることが出来たことはとても良い経験でしたわ。



 *** ***



 カラマで滞在していた宿から出ると、いつから待っていたのかネスレイ氏が現れて、迎えに来たから馬車を使えと近寄って来たのでロゼリアーナ様との間に入って止めた。


 場所を移して聞けば辺境伯爵様からの依頼だと書類を見せられたので、内容を読んだ後アムネリアに署名を確認してもらうと間違いないとのこと。


 思わぬ迎えにロゼリアーナ様も始めは少し戸惑っておられた様子でしたが、話を聞いて納得されたらしく馬車へ乗り込まれた。


 馬車へはロゼリアーナ様と共にアムネリアが乗り込むと、馭者が手綱を持っていた馬にネスレイ氏がまたがった。


 私は馭者の隣に座らせてもらって出発した。


 宿から少し離れると、待機していた護衛らしい騎馬が3名近寄って来たのでネスレイ氏を見れば頷かれた。やはり護衛のようだ。


 騎馬達は私に軽く会釈をすると、ネスレイ氏の指示に従ってそれぞれ馬車の後ろと両側に付いた。


 彼らは辺境伯爵様ではなくネスレイ氏の連れなのだろうか。


 傭兵のような装備を身に付けてはいるが身のこなし方が騎士のように見えるので、ますますネスレイ氏がただの行商人ではなさそうに思える。


 そんなことを考えながら騎馬を順に確認してネスレイ氏を見ると、先ほどロゼリアーナ様に見せていた例のうさんくさい笑顔とは違う爽やかそうな笑顔を向けられて驚いた。


「ルード様、いえ、もうリカルド殿でいいですね。あなたのお役目はまだしばらく終わりそうになさそうですよ」


 笑顔のまま馬を寄せて私にそう言い置くと、こなれた仕草で馬車の前の方へ馬を進ませた。


 どういう意味で言ったのかわからないが、やはり気に入らない。


 思わずその背中を睨み付けてしまった。

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