第68話●別の一団の出発

 ロゼリアーナが王都を出たのと同じ日、少し遅れて同じ街道に向けて出発した一団が別にあった。


 女性3名、男性5名からなるその団体の中には、普段過ごしている王都の別邸から領地に滞在する夫の元へと向かう貴人が含まれていた。



 *** ***



「母上が領地に向かわれた?」


 ホセルスから受け取ったリカルドの報告書を読んで、かなり気落ちしきった様子のエドワードが心配だったが、本人から帰るようにと言われ、残ったところで何か出来るわけではなく、あとを侍従に任せて自宅へ帰った。


 王都には父の別邸があるが、城から離れていて行き来に時間がかかるのが嫌で、城に近い家を借りて住んでいる。


 寝起きするだけだからと断ったのだが、別邸から交替で私の身の回りの世話に来た者が出迎え、別邸からの連絡をしてくれた。


「はい。昨夜はヴィクトル様からは奥さまには何も連絡がないとお怒りでしたが、今朝になって旦那様に会いに行くとおっしゃっると供回り7名をお連れになり馬で出発されました」


「突然だな。帰られた理由はわかるか?」


「旦那様に会いに行かれたのでしょう」


「……まぁいい。食事を頼む」


 交替で来てもらっても私は城に泊まることがあり、いつ食事をするかわからないので、ここでは作らせず別邸から運んでもらっている。


 母上の行動は良くわからないが、交替で来れる中で一番無口な者があれだけ話してくれれば十分か。


「母上も公爵夫人なのだからせめて馬車を使って欲しいものだ。…ん?街道を行くのであれば今頃は王妃様と同じ町に滞在しておられるのかもしれん。まぁ、母上達は馬で行かれたのだから泊まる宿は違うだろうがな」


 自室で着替えながら考えていたが、ふと窓の外に見える城に目をやる。


 ホセルスの帰り際に王妃様が今朝王都を出られたことだけは聞いたが、エドワードのあの様子ではそれだけではなさそうだったような…今度あの報告書を読ませてもらおう。



 ***



「マリー様は陛下からお聞きになられていらっしゃいましたのに、私はヴィクトルから何も聞いてませんでしたのよ。まぁ、陛下も先にマリー様の方からお尋ねになられたからお話しくださったそうですけど。極秘扱いは仕方ないですが身内の話しでもあるのだから教えてくれても罰はあたらないわよねぇ。誰に似たのかしら、あの堅物ぶりは」


 町が見えたので話の途中から馬の足を速めたが、誰もいないからとそんなことを大きな声で話しては良くないのでは?


「なにを今さら。マーガレット様を見て育ったからこそでしょうな。反面教師と言うやつです。例え身内であれ、必要でなければ公務に関することを話される訳がないでしょう。今回は公私どちらにしても対応が難し過ぎたからこそマーガレット様への連絡にまで気が回らなかったと思われますがね」


 オレと並んで馬を走らせていたマーガレット様付きの侍女ミルカが大きく頷いている。


 馬上で良くあんなに頭を振れるものだな。


「ルシルスには聞いてないわ。ただの独り言だと思ってていいのよ」


 大きな独り言ですな。


「それは失礼しました」


「失礼していない口振りで言うくらいなら言わなくていいと言っているでしょう!」


「マーガレット様、もうすぐロキスの門です。お声も速度も落としましょう」


 ミルカの突っ込みはタイミングも内容も完璧だな。


「うっ。わかってますわ。ありがとう、ミルカ」


 マーガレット様に合わせて、駈歩かけあしから速歩はやあしに、少ししてなみあしまでに皆が速度を落とした。


「マーガレット様、私は一足先にいつもの宿へ向かいますので失礼します」


 ミルカがマーガレット様の脇に馬を寄せると、そう声をかけてからあぶみを蹴った。


 公爵領まで6日。


 馬でも馬車でも町同士が微妙な距離で開いているから日替わり宿が続くが、今回は馬移動のお陰で早く町に着き、気晴らしする時間が多く取れる。


 領都のクリスタに着くまでにはそれなりにマーガレット様の心も落ち着くだろう。


「マーガレット様、旦那様に先触れを出しておりませんので誰か一人行かせたいのですが」


「あら、いらないわ。手紙を届けるくらいじゃうまく伝わらないといけなから私が来たのに、先触れを出してしまっては台無しじゃない」


 何が台無しなのやら。


「わかりました。では一人先に行かせます」


「どうしてそうなるの?いらないと言っているでしょう」


「詳細を伝えに行かせるのではなく、マーガレット様が帰られることを伝える為です。旦那様へお知らせするのはもちろんですが、屋敷の者達にも貴女をお迎えする準備が必要なんですよ」


「準備なんて、そんなの必要ないくらい普段から皆完璧じゃない」


「その言葉も伝えさせましょう」


 後を振り向き、元から荷物を軽くさせていた者に合図を出すと、彼は頷き、一人隊列から離れて行った。


 マーガレット様はまだぶつぶつ言われているが、先触れを出さずに屋敷に着いたら小言を言われるのはこちらなのだからご免被りたい。


 ご領地との行き来に使う騎馬利用者向けの宿に着くと入り口の前で宿の主人達がミルカも交えて迎えてくれた。



 *** ***



 一団が領都クリスタに到着した数日後、ドルイの許可証を持つ店から『水入り水晶』が見つかったと連絡が入り騒ぎになった。


 公爵領で同時期に発掘された全ての水晶を対象にした調査をとの声が上がったが、会議に同席していた公爵夫人の言葉を聞いた公爵が両方の意見を汲んで発言した。


「出荷前に検査済みのものを再度調べるのは時間の無駄ですわ。この『水入り水晶』は検査をすり抜けたものが見つかった貴重なもの。これは数が極めて少ないということに価値があるのではないですか?」


「早いタイミングで吉報が届き、皆が調査を望むのもわかる。しかし妻が言ったことも確かだ。だから、すでに領地から出た物にまで手を広げることはしない。領内にあるもののみを再調査することにしよう。期間は1ヶ月。唯一も良いが、この『水入り水晶』が本当に幸運をもたらすのであればまた別に見つかるかも知れぬしな」


「はぁ。男性は夢を追うものですのね。さらなる発見があるといいですわね」


「一般的には女性の方が神秘的なものを好む傾向があると言うが、マギーはそうではなかったかな」


 妻は溜め息をつき、夫はにこやかに笑って妻の手を取り立ち上がる。


 会議に出席した者達も主人が決めたことに異議はなく、久しぶりに揃った夫婦が連れ立って部屋から出ていくのを穏やかな雰囲気で見送った。




 久しぶりに夫に会った公爵夫人マーガレット・サラ・ロドリゲスの頭の中からは、すでに息子への憤慨はすっかり消えている。


 マリーテレサ前王妃のお茶会で聞いた話を夫のジャスティン・ダ・ネル・トライネル公爵に話したことで、自分と同じく王家へ嫁いで来たはずだったロゼリアーナの今後を心配し、彼女を元気付ける方法について頭を悩ませていた。

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