第66話●使者か配達員か
エドワード様からというよりヴィクトルから、大御所方が城に戻って来てくれたという話を聞いた翌日、俺は王都を出て7日目に辺境伯様の領都に着いた。
愛馬で相棒のロッドにはすでに通い慣れた道だから、途中の町に着くと特に指示をしなくてもいつも宿泊している宿に向かってくれる。
そしてこの領都のパリオに入ると、行き先は辺境伯様のお屋敷ということがわかっているので手綱を緩めても進んでくれている。
とにかくエドワード様からの手紙を届けるのが先だからと、おそらく道中のどこかに王妃様方がいらしたはずなのだが追い抜いた形で俺はここにいる。
やがてお屋敷の門が見えて来た。
エドワード様と一緒に初めて訪れた時と同じ場所で、俺はロッドを止めてしばらくお屋敷を眺める。
「はぁっ」
大きく息を吐き、大きく吸い込む。
よし!
気合いを入れて腹に力を入れた。
何を言われるかは行かなきゃわからない。
ロッドを促して門へ向かう。
このお屋敷を訪れるたびに俺はここで気合いを入れる。
初めてここを訪れたあの日は門番に手紙を預けて帰るだけだった。
次はエドワード様を認めてもらうために訪れた。
それからはお二人からの手紙を届けたり逆に預かったり、配達係として数ヶ月おきに幾度も訪れている。
おそらく王妃様からの連絡は先に届いていることだろう。
さて、今回は何を言われるんだろうな。
顔見知りになった門番と挨拶をして門を抜ける。
お屋敷の前にはすでに執事のアーマンドさんが待ってるじゃないか。
ロッドから下りてそちらに向かうと丁寧にお辞儀をされるのはいつものことだが、その笑顔がいつもより暗く見えてしまう。
「ようこそお越しくださいました、ナーロ様。旦那様がお待ちでございます」
今回も俺が来ることがわかってたんだな。
ごくりと唾を飲み込む。
「丁寧な出迎え感謝します。辺境伯様をお待たせしていたとは申し訳ない。すぐに案内をお願いします」
通されたのはいつもの客間で、辺境伯様はソファーで紅茶と書類を片手づつに持って執務中のようだ。
「やぁ、ホセルス。すまないね、少し待ってくれるかい。君を待っている間に終わらせるつもりだったんだが、少し目測を謝ったようだ。だが執務室にいなくて良かった。部屋を移動する時間の分だけ、君を余計に待たすことになるところだった。さて、終わった。アーマンド、これを頼む」
辺境伯様は読み終えた書類に何かを書き足して署名をするとアーマンドさんに渡して立ち上がった。
「改めて、久しぶりだね。陛下の戴冠の儀では顔を会わせなかったから半年ぶりぐらいかな?」
「お久しぶりです。辺境伯様。そうですね、私はまぁご存じの通りですので、戴冠の儀では陛下には副隊長が付いていましたから」
『陛下の幼馴染と言うだけのお飾り隊長』
城内の人目につくところでの仕事を好まず、エドワードからも裏方の仕事を任されることが多いので、周りから見た俺への評価はそんなもんだ。
「君の苦労は相変わらずと言うわけか。そしてやはり今回も君だったね。とりあえず掛けたまえ」
促されて辺境伯様が座っていた向かい側のソファーに腰を掛け、次の言葉を待つ。
「どうやら面白いことになっているようだね。先日ロゼリアーナの侍女のアムネリアから変わった内容の手紙が届いてね。その後、ロゼリアーナのものだと言う荷物を積んだ馬車が次々にここへ到着したんだよ。その手紙がこれなんだけれど、この内容だけでは良く分からなくてね。君なら詳しく聞かせてくれるだろう」
渡された手紙を読むと、王妃様へ離婚申請書に署名するよう陛下からの指示があった為、速やかに手続きを終えて領都へ向かう、と簡潔に書かれていた。
この侍女から、リカルドに報告書を出すタイミングと書き方の指導して欲しいぐらいだな。
王妃様と共に行動している侍女と護衛騎士の事務能力の差に肩を落としつつその手紙を返した。
「なるほど。王妃様側の受け取られ方とその後の迅速な対応がどうやってなされたのかはこの手紙からわかりますが、そもそも何故このようなことになったのかは全くご存じなかったということですね。
こちらは陛下からの書状です。私から説明するよりもこちらをご確認ください」
かなり厚みがある手紙を取り出して渡すと、辺境伯様は少し驚いた顔をしてから受け取り読み始めた。
読み始めた辺境伯様は、無表情からやがて両眉を引き上げ、引き結んでいた口許を緩め、さらにその両端を上げ、仕舞いには可笑しそうに口許に拳を寄せて肩を揺らし始めた。
「ははは。やはりロゼリアーナの早とちりのようだ。陛下も苦労されているようだな。君から話を聞いても同じようだ」
え?そんな感じの受け取られ方をされるとは思わなかった。
もっと、こう、
エドワード様が王妃様の心を傷つけたとか、
エドワード様が不甲斐ないからだとか、
エドワード様が横暴だとか。
「ホセルス、君が何を考えているのかは何となく分かる気がするが、私はそのようには思っていないよ。陛下は真摯にロゼリアーナを愛して下さっていることを私は知っているからね」
「いえ、私は何も……」
「君が陛下に対してどう思っているのかは聞かないよ」
どうしてそんな笑顔をするんですか……。
「だから私はこの陛下からの提案を飲もう。最初の私からの提案は陛下が君と二人で受けてくれたのだったよね。今回君は私を手伝ってくれるのだろう?」
「ご希望とあれば出来る限りお手伝いさせていただきます」
「希望するよ。ではまず打ち合わせと準備に数日ここに滞在してもらって、それからモチェスへ行ってもらおうかな。なに、大丈夫だよ。ロゼリアーナは明日カラマに着くようだからね」
やっぱりそういう情報を得る手段がなにかあるんだな。
しっかし俺が手伝うことなんてほとんどないだろう。
「さて、話は終わった。ホセルス、訓練場へ行くぞ!」
やっぱりそっちか。
辺境伯様をすっと背筋を伸ばして立ち上がるとすたすたと扉に向かって行ってしまった。
その後、俺は辺境伯様が満足されるまで様々な道具を使った訓練の相手を延々させられた。
「父上が居られなくなって諦めていたところに、こうした訓練の相手が出来る君と会わせてくれた陛下には感謝しているよ」
もうすぐ50歳とは思えない力と瞬発力、鍛えられた技で、楽しそうに打ち込んでくるような人の相手をさせられている俺は全然感謝できねぇよ。
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