第65話●突然のお迎え

 ノックの音がした後、アムネリアがゆっくり扉を開いて部屋へ入って来ました。


「おはようございます。ロゼリアーナ様?今朝は早いお目覚めでしたのですね」


 窓から見える町の外壁の向こうを眺めていた私に声をかけると、準備してきた洗面の揃いを支度してくれます。


「おはようございますアムネリア。今朝の目覚めはとても良いものでしたの。天気も良いですし、なんだか空気がいつもより爽やかに感じられますわ」


「ご気分良くお目覚めでしたのなら安心いたしました。ここ連日森の中を歩き回りましたので、疲れが溜まって眠りが浅くおなりになったのかと心配してしまいましたが杞憂でしたね」


「以前であれば疲れが溜まったかも知れませんが、この2週間で少しだけ体が慣れて来たのではないかしら。興味を持ったものをひたすら見て回る毎日でしたもの。アムネリアこそ疲れてしまっているのではなくて?」


「いえ、私はもともと体力があるので大丈夫です。いろいろ見て回って私も一緒に楽しませていただきました。ありがとうございます」


「ふふふ、でしたら私も嬉しいですわ。ね、お姉様」


「ロ、ロゼリアーナ様!」


「だって、王都からこちらの手配をほとんど一人でこなしてくれていたでしょう?アムネリアが頼りになることが改めて良くわかりましたのよ。お姉様と呼びたくなっても仕方ないでしょう」


「それでもお止めくださいませ。なんだかくすぐったい気持ちになってお水をこぼしてしまいます」


 水差しを手にしたままプルプルしていますね。


「わかりましたわ。でも本当は実家に着くまでの旅程の間だけでもそう呼んでみたかったのです。ふふ」


「はぁ、今朝のロゼリアーナ様は私がお側に上がったころのようですね。やはり今日は領都に到着される予定ですからでしょうか」


「さぁ、でもそれもあるかも知れませんね」


 爽やかな空気と実家に帰る安心感だけが私の心に変化を与えたわけではありませんのですけれど。



 ※※※



 宿を出た脇の少し広い場所に馬車が止まっておりました。


「おはようございます。ロゼリアーナ様。今日は私がご実家までお送りしますので、あちらの馬車をお使いください」


 私達が宿から出るとその馬車の方からネスレイ様が現れ、ニコニコしながら案内しようとしてくださいました。


「失礼、ネスレイ殿。突然現れて馬車を使えと言われてましても、こちらにはそうしていただく理由がありません。それにそのお名前を軽々しく呼ばないでいただきたい」


 リカルドが私の前に出て強い口調で言いました。


「ネスレイ様、リカルド様も、ここは宿の出入り口ですから、とりあえず移動いたしましょう」


 さすがアムネリアですわ。


 早い時間から働き始める人々が通りかかってこちらを見始めていましたからね、少し離れた場所、結局馬車の近くまで移動いたしました。



「先ほどは失礼いたしました。

 実は一昨日、辺境伯爵様のお屋敷に伺ったのですが、私が王都から来たと話したことから、ご令嬢がこちらの宿にお泊まりになられているから迎えにいくようにと依頼されましてね。どのような方なのかを詳しくお尋ねしましたら、髪の色や背格好などの特徴と女性2名男性1人の3人連れだとのことでした。それであなた方のことだとわかりましたのでこうしてお迎えに来たわけです。

 ルード様、これでよろしいですか?」


「辺境伯爵様からの依頼と言う証拠は?」


「こちらです」


 ネスレイ様が1枚の書類を持っていた鞄から取り出すとリカルドに渡し、目を通してからアムネリアに渡しました。


「はい、確かに旦那様の署名かと。こちらはお返しいたします」


 アムネリアが確認した書類をネスレイ様に返しました。


「そういうことでしたか。まぁ、わざわざお迎えいただかなくても今日中には帰れましたのに。お仕事とは言え、ネスレイ様にはご足労をおかけいたします」


「いえいえ、何であれ頼まれればそれを叶えるのが私の生き甲斐であり商売なのですよ。お陰で高貴なお得意様も多くいてくださいます。辺境伯爵様もそのうちのお一人でいらっしゃいます」


 それは知りませんでしたわ。


 リカルドはまだ何か納得していなさそうな顔をしていますけれど、署名も確かであるのですから今回はネスレイ様がお仕事を達成出来るよう、私達は素直に馬車に乗せていただくことにいたしましょう。



 どうしてお父様が私達が滞在していた宿をご存じだったのでしょうか。


 それは、私が帰ることはアムネリアからの手紙で先に連絡してありましたので、隣町ともなればおそらく到着した時点ですでに確認されていたと思われます。


 しかも隣町で3泊もしてしまいましたので痺れを切らしてしまわれたのかもしれませんね。



 こうして、お父様からのご厚意による手配によって、乗り心地の良い馬車で久しぶりに実家の屋敷に帰り着いたのでございます。


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