第63話●生きているものは
大きな落葉樹が町の外壁まで枝を伸ばして木陰を作り、下を通る者を夏の日差しから守っている。
『カラマの外周巡り』をするためには専用の受付がある北門を通って町から出る。
門を出た正面に見える二本の大木には最初に競いあった二人の彫刻家の作品があった。
左側の木の幹には膝上の高さにある尻尾から上に向かって、胴体がぐるぐると幹を2周するように大蛇が彫られている。
しかし、その姿のすべての線が繋がって彫られているわけではなく、所々でまるで大木の中に潜り混んでいるかのように見える工夫がされている。
右側の木の幹には膝下の高さに地面から顔を出したウサギが二羽、斜め上の腰の高さにウサギを狙う狼の頭部が茂みから生えており、さらにその斜め上には木の枝から狼を狙う狩人が彫られている。
大人が三人がかりでも抱えられないほどの太さがある、この大木でなければ出来なかった構図だろう。
しかもその狩人が構える弓矢の先は、左側大木に彫られた大蛇の頭の方を向いている。
外周にある大木にはこのような彫刻がされており、彫られた木には番号が書かれた木札が外壁に向けて付けられているので、参加者は申し込み時に受け取った地図を見れば、番号で現在地や次の木がどこにあるのか分かるようになっていた。
三人は北門から時計回りに夕方まで見て回ったが、全体数の5分の1ほど見られただけだったので、翌日は続きから見ることにして北門へ引き返した。
翌日も朝から北門を出て昨日の続きから見て回ったものの、全てを見ることは出来なかった。
宿に戻ったロゼリアーナはアムネリアとリカルドとも話し合い、もう一日使って全てを見る為にカラマでは3泊することにした。
予想外に時間がかかったのは、時々その木を彫った彫刻家が現れて説明をしてくれたり、まさに現在彫刻しているところを見学させてもらったりしていたからだった。
次の日は北門から反時計回りに見て行き、前日の最後に見た木の下で敷物を敷いて少し遅いお昼ご飯を食べている。
「ルード様は今日もご一緒されませんね」
そう、アンナが呆れているように、ルードは前日も今日も宿に頼んで作ってもらったサンドイッチを、リアーナ達から離れた木の切り株に座って食べている。
護衛ですからと。
※※※
全てを見終わっているので帰りは早く北門に着きそうだった。
「あら?あのお二人は……」
リアーナは北門前の2本の大木前で幹を調べている年配の男性達を見て立ち止まった。
それに気づいたが細身の方が声をかけた。
「ユリシウス様のご令嬢ですか?」
「は?」
「やはりそうでしたか。お久しぶりでございます。ニルス様、タンガス様」
左側の大蛇の大木は『ニルスの木』、右側の狼達の大木は『タンガスの木』と番号ではなく彫刻家の名前で呼ばれている。
最初に競いあって外周の木に彫刻した二人はユリシウスに気に入られ、領都のパリオにも来たことがあったのでリアーナとも何度か顔を会わせていた。
「本当にご令嬢でしたね」
「お忍びですの」
「お忍びで帰省中でしたか」
「はい。ですのでリアーナと呼んでくださいませ」
ニルスとリアーナが話している横でタンガスは顎ヒゲにほとんど埋まっている口を開けて固まっていたがようやく口を開いた。
「お忍びはいかんでしょう」
「大丈夫なのです」
「……」
また口を閉じた。
「お二人はなぜここに?」
「はい、彫刻が木の成長とともにどうやって変化するのかを観察する為に、年に数回こうして来て見ているのです」
「互いに相手の作品のことも良く見ているから意見を言い合う場にもなっている。今日はニルスの大蛇の変化について話していたところだな。
ニルスは輪郭を太さと深さ、鋭さを変えて彫っていたから、年が経つほどその姿が木に溶け込むようになってきているようだ」
彫刻のことになると顎ヒゲの中から良くしゃべるようになるのは変わらないらしい。
「彫刻されたものが変わるのですか?」
「切り倒され適度に乾燥までしてある木材を使った彫刻は、ノミを入れたらそのままの形で姿を残します。
しかし、生きて成長を続けている立ち木にした彫刻は、木の成長とともに僅かずつ変化をしていくのです。
生きているもので成長しないもの、変わらないものなどないのですよ」
ニルスは大蛇の輪郭を触りながら説明してくれる。
「こちらの、木から抜け出すように彫ったところは最初はもう少し太く鋭さを付けてありました。しかし年々彫り幅が狭くなり、切り込んであった奥の部分も鋭さが消えてしまいました。この大木の成長によって人の手では表せない柔らかな輪郭へと変化しているのです」
「彫ってすぐは彫り込まれたところが乾いていくから特に表面が変化しやすかったが、内側はやはり木が成長するからこその変化だろうな」
「この大木にしてみたらたいした変化でも年数でもないかもしれませんが、それでもこれだけ年を重ねた木がまた成長と変化をしているのですから、私達もまだまだ負けていらられませんよ」
「まったくだな」
シワが現れたお互いの顔を見て笑うベテランの彫刻家達の話を、リアーナは目を丸くして聞いていた。
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