第62話●彫刻家競い合う

 オロンから東へ街道を進んだパラネリア辺境伯領の手前、『薄闇の森』から見た南西の山の向こう側に次の町のカラマがある。


 辺境伯領の北部にある『薄闇の森』には巨大生物が生息しているが、不思議なことに森を囲うようにある山並みを越えて来ることはなかった。


 北側の大山から左右へ森を囲うように広がる山並みが途切れた谷、森への浸入口に位置する場所に作られたのが辺境伯領の領都パリオだ。


 カラマからパリオへは山を越える山道になる。


 オロンを早朝にって馬で駆ければ一日でパリオまで着くことが出来るが、通常は無理をせず山の手前のカラマで一泊する。


 ロゼリアーナ達が乗った乗合馬車は町同士の距離が短いことを理由に途中休憩を取らずカラマまで直行した為、昼を少し過ぎた頃には到着するとのことだった。



「あの北岳を見ると帰って来たのだと感じますわね、アンナ」


「そうですね。本当にどこから見ても同じ形に見えるのが不思議な山です」


「不思議なことの代表と言えば、この山脈越えをして来ない巨獣達ですけれどね」


「あ、そうでしたね。しかもあれらの数が増え過ぎない理由は謎のままなのですよね」


「えぇ、お父様もお祖父様もそのずっと前から調査して来てはいるのだそうですけれど、減らせば増えて、増えてもいつの間にか減っているとかで、統計的な数は変わらないそうですからそれも謎ですわよね」


 馬車の窓から見える山を見ながら二人は小声で話していた。


 オロンからも多くの荷馬車が出ているのだが、他国に通じる門を持つ町から出る荷馬車には許可された者しか乗ることが出来ないので、町から出て行く者は大抵は乗合馬車を利用する。


 中には朝暗いうちに出れば同じ日のうちには到着出来る距離なので、歩いて移動する強者もいるらしい。




「リアーナ様、『カラマの外周巡り』の受け付けをこちらでもやっているそうですよ。申し込みしておきましょうか」


 宿の受付で宿泊の手続きをしていたアンナが振り返って問いかけた。


「そうですわね。部屋で少し休んだらそのまま外周に出掛けられますから申し込みしておきましょう」


「わかりました。では、もうしばらくお待ち下さいませ」


 アンナが再び受付に向かったその後ろで、二人の会話を聞いて知らない単語が出てきたルードがリアーナにそっと聞いた。


「あの、『カラマの外周巡り』とはどういったものなのでしょうか」


「え……あら、ごめんなさい。アンナとは王都を出た時から話していたのですけどルードには話していなかったですわね。

 このカラマは彫刻が盛んでしょう?それで、彫刻家も多いのですけど、8年ほど前に二人の彫刻家が、町の外に生えている木の幹に直接彫刻をしてどちらの腕がいいのかを競ったのだそうです。無断で町の外周の木にキズを付けたとお咎めになるところだったのですけれど、ちょうどカラマを訪れていらしたお父様がその話を聞かれて興味を持ってしまわれたのです。

 それで『競い合うことで向上心が生まれ、さらに素晴らしい作品が出来るだろう』と当時のカラマの町長にお話しをされたそうです。

 その後、町の彫刻家の方々が集まって話し合い、町の外周のいくつかの木に彫刻をして、その木を探しながら見て回る『カラマの外周巡り』の企画を立て、町を活性化させようということになったのです。もちろん木が枯れないように大きな彫刻と深さのある彫刻は禁止されていますわ」


「毎年何本かずつ追加されているそうなので何度訪れても楽しめるようになっているそうですよ」


 申し込みをして戻って来たアンナがリアーナの説明を引き継いで、たった今新しく聞いて来た情報を伝えた。


「それは知りませんでしたわ。私が前回訪れたのは5年前でしたから……。そうするとかなり増えているのでしょうね。とにかく部屋へ荷物を置いて少し休んだら出掛けましょう」


 リアーナの話の途中、一瞬間があったことに二人は気づいたがこの町に着くまでに少しずつ増えた荷物を持ち直した。




 5年前。


 ロゼリアーナがエドワードと出会った年。


 エドワードからペンダントを受け取り返事を伝え、ふわふわした気分でいたロゼリアーナだったが、ランボルトから

「休暇はすでに終わっているのでは?」

 と聞かれたホセルスが

「学園を休んで来ている」

 と返事をしていたのを耳にして驚いた。


 ユリシウスの無茶振りと自分のせいだと慌てたロゼリアーナは、まだしばらく滞在したいと渋るエドワードに王都へ戻るよう説得してカラマまで見送りに来た。


 そこでエドワードがせっかくだからと、ユリシウスから聞いていた『カラマの外周巡り』を見て回ったのだが、その時の記憶がロゼリアーナの脳裏に一瞬浮かんだのだった。


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