第61話●あれから一週間
ルパート卿とダラン卿が戻って来て城内の改変に取り組んでくれるようになって一週間が経ち、すでに目が回る忙しさから解放されている。
最初は私の執務室に届く書類が少なくなった。
基本的に私がすることは内容の確認と署名だけになった。
例えば、それぞれの部署が担当する範囲で異常があれば、まず問題の発生報告書と原因の調査内容書類、問題への対応報告書と、対応後の調査書類がセットになって届くようになった。
以前はバラバラに届く書類をヴィクトルが分かる範囲で纏めてくれていたが、部署で対応せずに私に直接判断を仰がれることも多かった。
ようやくそれらを各部署の上役がやれるようになったようだ。
一週間前までの彼らの中途半端な仕事の理由として考えられたのは、引き継ぎで指導を受けた者が、自分がこれから『指導してくれた者の立場に成り代わる』ことを理解していなかったのではないかということだ。
それぞれの部署内で片づくことでもそこで判断して対処をすることなく、部下が作成した書類に署名してこちらに届けさせるだけの新しい上役。
報告は上げてくれていたが、その先の判断が簡単なことであっても全て私達任せにしていたことになる。
判断して指示を出していた上役と補佐がいなくなった時、それまで部下の立場にいた彼らは、自分が責任を持つ立場になったことと新しい立ち位置でするべき仕事を理解していなかったのだろう。
普通に考えてすべての部署の上役が一斉にいなくなるなどあり得ないから仕方ないと諦めていた私も悪かった。
だが、彼らの指導までしている時間がなかったのも事実だ。
朝食以外にロゼリアーナに会うこともままならなかったぐらいのだから。
戴冠の儀からまだ2か月も経っていないのに、遠い過去に感じるほど、時間に振り回されていたのだな。
ホセルスがパリオに着くのは行程が順調に進めば明日になるか。
母上からの話ではロゼリアーナはゆっくり行く予定だと聞いているから私の手紙が先に届けられるはずだ。
義父殿ならば私の手紙に理解を示してくださると思いたいのだが……ホセルス、もし、また何か言われた時は頼むぞ。
※※※ ※※※ ※※※ ※※※
トライネル王国と周辺国との関係は、さまざまな特産品などの商取り引きのお陰で長く平和が保たれている。
ただ、トライネル王国からの輸出量に対して輸入量が極端に少くなると、先方の国との関係に支障が出て来ることがある為、毎年、あるいは数年おきに輸入する農産物や海産物の種類を変更したり、輸入量を増加するなどの対応をしている。
ルパート卿は周辺国からの信頼が厚く知識が豊富なこともあり、輸入品の種類の変更や契約の更新などについての交渉の場さえも利用して相談を受けることが多かった。
そのルパート卿が前国王の退位とともに政治の舞台から退いたと知った各国は、ルパート卿の子息が役職を引き継いだと聞いてしばらく様子を伺っていた。
外務大臣を引き継いだ子息のソラネル・ルパートは、父が辞任するギリギリまでの短期間で、出来る限り先を見越して準備していた書類を読み、それ以外にも必要な知識を自分のものにするため毎日執務室に籠っていた。
ソラネルがようやく執務室の本棚と執務机の本とファイルをすべて読み終え、過去の契約や記録などの確認も一区切りつきそうになっていたところへ、宰相補佐になった父が執務室にやって来た。
自分が仕事を覚える為とはいえ、執務室に籠っている間に陛下がそんなことになっていたとは、
「知らなかったでは済まない」
と父から指摘されて何も言い返す事が出来なかった。
しかしルパート卿は息子が職務に忠実であろうと努力していたことを知ると、嬉しそうに言った。
「短期の引き継ぎしか出来なかった私にお前を責める義務はない。必要な知識を得たのであれば、これからは視野を広く持って常に新しい情報をつかみ、国同士がどうすれば良い関係を維持出来るようにするかを常に考えることだ。それが陛下をお助けし国の為となる力になる。お前になら出来るだろう」
保養地から戻った二日後、エドワードの執務室で挨拶と話し合いをした後に向かった以前の執務室で、ルパート卿は努力し素直に反省する息子の姿に安堵した。
それから現状を至急改善するために、まずはエドワードへの提出書類の削減からだと説明を始めた。
ソラネルへの説明を終えるとルパート卿はまた別の部門へ移動しようと立ち上がった。
「父上ありがとうございました。私を始め多くの役人達が父上を尊敬しております。こうしてお戻りになられたのであれば、またこのような助言や指導をよろしくお願いいたします」
「私もそのつもりだ。だが実務はお前達の努力が必要なのだぞ。ではな」
ソラネルは執務室から出て行った父の背中を見送り、先ほどまで追い込まれたような息苦しさの中でひたすら知識を吸収していた自分を思い出す。
城に戻ったと言った父の顔を見ただけで全身の力が抜け、次に寒気を感じた。
尊敬する父が戻り安心を得たと同時に、それだけのことで安心してしまうような小物の自分が、父のやっていた仕事をこなしていけるのかという不安。
しかし父から『お前になら出来る』と言われたからには自信を持ってやるしかない。
陛下の為に、国の為に。
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