第60話●螺鈿細工を拝見

 巻き貝を磨いている職人。


 二枚貝を磨いている職人。


 磨かれたものを薄く削る職人。


 磨かれたものを決められた大きさに切り取る職人。


 切り取られたものに直接彫刻する職人。


 薄く削られたものから模様に合わせて切り出す職人。


 その模様はすでに別の職人の手で、漆塗りを施された箱や装飾品に彫り込まれている。


 彫り込まれた模様に切り出された貝片を嵌め込む職人。


 その上に再び漆を塗る職人。


 それを炭でぎ出しつやが出るまで磨く職人。


 工房の職人達の熱気がすごい。


 薄く削られた貝片が光を反射して多色に輝く。


 そうして螺鈿らでん細工の作品が生まれる。


 螺鈿の材料には貝だけではなく金属も使うそうだが、この工房は巻き貝と二枚貝を使っているらしい。


 薄く削る職人の目が一番怖いぐらいに真剣だ。


 削った厚みで色が違うそうだからだろう。


 ルーベンス様の紹介で訪れた工房では彼の名前を告げると工房主が自ら案内をしてくれた。


 やはり彼はロゼリアーナ様のご友人ということだったから身分が高い人なのだろう。


 一通りの作業工程を説明を受けながら見ることが出来たので、ロゼリアーナ様も真剣に見入っておられたようです。


 工房から出て工房主に礼と挨拶をすると、昨日から3日間、町にある工房の作品が一ヵ所に集められて展示されていると教えてくれたので見に行くことになりました。



 ※※※



 それぞれの工房から自信作を集められた展示会は組合の建物内にある大会議室で開催されており、その会場近くにある会議室では展示されている作品を見て、取り引きに繋がった商人と工房の担当者が話し合いが出来るようになっているらしい。


 展示会場まで建物内を歩いていると、目の前の扉が開いて話し合いが終わったらしい商人と担当者が出て来たので足を止めた。


「おや、リアーナさん、アンナさん、ルードさんじゃないですか」


 出た。


 例の行商人のネスレイ氏だった。


 ネスレイ氏は担当者と握手をして別れると、そのまま立ち去れば良かったのに、残念ながらこちらに声をかけてきた。


「ネスレイ様は今日はこちらで商談でしたのね。先日はドルイでもお忙しそうでしたのに大変ですわね」


「ハッハッハ。いえいえ、そうでもありませんよ、リアーナさん。これが私の仕事なのですから、こうして目を付けた工房と商談させてもらえる場所があるのはありがたいことです。私は以前、螺鈿細工も取り扱っていたのですが、取り引きしていた工房が代替わりしてからどうも品質が落ちましてね。だからと言ってそれでいきなり別の工房と…ってことになると角が立ちますのでしばらく様子をみていたのです。今日はそろそろいいかと展示会場を覗いてみたらうまい具合に良い作品に出会えました。それで先ほどまで話し合いをさせてもらっていたのですよ」


「そう言ったことも大切にされてお仕事をされていらっしゃるのですね。良い商談が出来たようで良かったですわ」


 どうやらよほど商談が上手くいったらしく、いつも以上に舌が良く回っているネスレイ氏だった。


「みなさんはこれからご覧になられるのですか?」


「はい。先ほど見学させていただいておりました工房でこちらの展示会のお話しを伺いましたので、せっかくの機会ですから拝見させていただこうかと参りましたの」


「そうですね。町中の工房の作品を一度に見られる機会ですからね。私もご一緒出来れば少しは案内出来たのですが、先ほどの商談の書類をまとめなければなりませんので残念です」


 案内はありがたいが出来ないのなら最初から言わなければいいのではないのだろうか?


「こちらのことはお気になさらず。では私達はこれから見て参りますので失礼したしますわ」


「はい、ではまた機会がありましたらよろしくお願いいたします」


 お互いに背を向けて別れ、私達はようやく展示会場に到着出来ました。


 広い会場には工房の名前が書かれた看板がテーブルで区画分けされた前に掲げられ、その看板の横に立っているのが各工房の担当者なのだろう。


 螺鈿細工と言っても材料一つ取ってもいろいろあるようで、ほとんどの工房が巻き貝と二枚貝を磨いたものを作品と共に並べて展示しているが、中には珊瑚や亀の甲羅、金貨、銀貨まで並べている工房もありました。


 会場に入った時からピリピリした視線を感じていたのは、会場内を警備する者達からのものだったようだ。


 このような警備があるからこそ町中の工房が安心して作品や材料を並べているのだろう。


「アンナ、そう言えばお父様の木彫りのコレクションに螺鈿細工の物がありましたわよね。工房を見学させていただいていた時にも考えていたのですが、あれはやはり特別注文されたものだと思いませんか?」


 展示会場を半分ほど見て回った頃、ロゼリアーナ様がアムネリアに向かって話されました。


「はい。私が拝見させていただいた中にもございましたが、本当に木彫りなのかと不思議に思った覚えがあります 」


 お二人の会話につい首をひねってしまった私にお気付きになられたロゼリアーナ様が説明をして下さいました。


「私のお父様が木彫りの物を集めておられることは以前お話しいたしましたが、その中の数点が螺鈿細工の物でして、巻き貝と二枚貝の形を木から彫り出したものに螺鈿細工を施してありましたの。こうして展示されている材料としてのそれらよりもキラキラしておりましたわ」


 材料の形をした螺鈿細工を作るようなことが良くあるとは思えないので、ロゼリアーナ様のお考えの通り特別注文されたものだったのでしょう。


 私もどのような作品に仕上がっているのか気になります。


「それはまた変わった作品のようですね」


「そうでしょう?実家に着いたらお父様にお願いしてまた見せてもらいましょう」


「それは楽しみです。またコレクションが増えているかもしれませんね」


「私もお土産に買いましたしね。ふふふ」


 お二人の楽しそうな様子のお陰かピリピリしてきた視線が揺るんだようです。


「私も見せていただけるのであればお願いいたします」


「もちろんですわ」


 微笑まれたロゼリアーナ様のお顔を見たアムネリアがまたうっとりしているのが見えました。


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