第59話●認められますか?
おぉ、来た来た。
荷馬車の団体さんがお越しになった。
馬の首には2枚の札が下げられている。
一枚はここトライネル王国のもので、もう一枚はこの山と山の間を通る道の先にあるマリナーラ国のもの。
「ようこそオロンの町へ」
声をかけると馭者が手を挙げて手綱を引いて止まる。
「ありがとう。この荷馬車から後ろの5台には海産物が積んであるからこのまま市場へ向かう。積み荷を下ろしたら2台はすぐ帰るが3台は明日まで滞在する予定だ」
荷馬車には魚の絵が書かれた布が紐で付けられている。
「わかった。行ってくれ。みんな楽しみに待ってるよ」
笑って言えば馭者=海産物商人は嬉しそうに挨拶して馬を市場の方向へ動かした。
海産物商人はマリナーラ王国の民しか認められなれないのだが、あの国の民は働き者だから一人で何役もしているのを良く見る。
さっきのみたいに商人、馭者、荷運びを一人でやってる奴が泊まりがけで来るのは、さすがに日帰りでは疲れるからだろう。
魚の絵が書かれた布を付けた荷馬車が5台通り過ぎると、巻き貝の絵が書かれた布を付けた荷馬車が止まった。
「やぁ、やっと着きました。私の馬車は2台です。他の方達と一緒に組合へ向かいますのでよろしくお願いします」
馭者の隣に座っていた商人が降りて来てそう話すと、乗って来た荷馬車を先へ進ませ、通りの手前で停まらせたのは後ろに離れている他の荷馬車を待つ為のようだ。
その後も次々に同じような荷馬車がやって来るが、門を通るどの馬にも札が下げられている。
次にこのマリナーラ王国へ向かう門から出るときにトライネル王国の札を回収され、別の門から出る時はマリナーラ王国の札を回収される。
マリナーラ王国を出発してトライネル王国のオロンへ入るまではどちらの国の商人でも両国の札を持ち、出る時は片方の国の札だけを持って出ることになる。
次回の取り引き前に申請すると、前回までの取り引きの確認が通れば回収された札を受け取って商売が出来る。
両国に認められた商人だけがこの道を北から南へと荷物を運んで来れるようになっている。
今日も町が賑やかになるな。
荷馬車の積み荷の量は様々だが、商人達がそれぞれ選んで仕入れて来たものばかりだから、組合や直接の取引先は首を長くして待っていることだろう。
※※※ ※※※
山海料理は名前の通り山の幸と海の幸を使ったもので、素材の味を活かしたシンプルな味付けとバターなどを使った少し濃い目の味付けがされたものを、それぞれ食べ比べ出来るように工夫されていて、美味しさと目新しさに少し食べ過ぎてしまったようです。
今回はリカルドも同席して5人でお食事が出来たのですけれど、アムネリアとリカルドは会話に参加していなかったので、二人てなは別々に食べたような形になってしまい少し残念でした。
リカルド達には申し訳ないことになってしまいましたから、また次の機会を作って三人での食事会を楽しむことにしましょう。
しかし偶然とは言え、久しぶりにお会いした幼馴染と友人夫婦との会話は昔に戻ったかのようで、思わぬ楽しい時間を過ごすことが出来ましたわ。
ルーベンスとは私がお父様に連れられてモチェスを訪れた幼かった時の記憶からの幼馴染で、シェイラとはモチェスとパリオを頻繁に行き来するようになった10歳の頃からの友人です。
お祖父様のお店で会った私とシェイラが仲良くなったのが先だったのですが、しばらくして二人が婚約したと聞いて驚いたものでした。
お二人はその頃から自然体で並んでおられ、お互いのことなら大抵のことは解り合えているようでした。
そうでないところと言ってもルーベンスが時々女心が解らなくなって私に相談しに来るくらいでしたが。
結婚してからは二人三脚で常に一緒に行動して来たそうですが、そろそろシェイラも一人で公務が出来るようになったのだと話しておられましたわね。
現在のモチェスの領主はルーベンスの父君のロムルド・ミリガルド様で、今はそのお手伝いをお二人でされているそうです。
私とアムネリア、リカルドの三人全員が動きやすい木綿の衣装を着て、王都から離れたこの町でお忍びをしている理由については詳しく聞かれることがなくホッとしました。
ただ、お店から出て別れるときにシェイラが私の左手を手に取り、もう片方の手で包みながら言ってくれた言葉が耳に残っています。
「リアーナ、いえ、ロゼリアーナ。貴女はそんなに控え目な人だったかしら。私が知っている貴女は、目的を定めたら途中で何が起きても最後まで突き進む強さを持っていたわ。ふふっ。後悔することがあってもやり直す強さも持っていると私は信じてますわ」
上から重ねた手の指で私の左手の薬指をさすりながらそう言ってくれました。
以前、お祖父様から言われました。
『
シェイラとお祖父様からの私を力付けるためにかけられた言葉。
幼い頃から私を知っている身近な人達が、私になら出来ると信じて下さっている。
人は成長しますし、成長すればいろんなことに変化があるものでしょう。
今、あの書類を受け取った時の自分を思い返してみると、体は成長していても、心は変化した自分の立場に合わせて成長出来ていなかったのだと思います。
自分がエドワードの役に立てないことに焦っていた私が書類を見た時、それが届いた意味を考え小さくない衝撃を受けました。
やはり私は王妃になりきれなかったのです。
でもそのタイミングを利用して自分の為に逃げ出したのかもしれません。
エドワードの力になれない自分を認めたくなくて、自ら逃げ出したのではなく、請われたからお城を下がったという形にみせかけるようにして。
お祖父様、私は優しさも思いやりも王妃として発揮することが出来ませんでした。
『後悔することがあってもやり直す強さ』
シェイラ、私を信じてくれて嬉しいのですけれど、今回は私一人のことではないので、もしもがあったとしてもやり直すことは難しいと思います。
エドワードは『二人で幸せになりたい』と望んでくれていましたが、王太子から国王へと立場が変化したことで『国民を幸せにしたい』に変わっているはずなのですから。
私は普通の令嬢から王妃に立場が変わっても『二人で幸せになりたい』と望んでしまっていたのです。
その為に私に出来ることもなかったのですけれど……。
だからシェイラ、私は今実家に帰る途中なのです。
いつもは枕の下にしまっているペンダントですが、今夜は握りしめたまま眠ってもいいですわよね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます