第58話●個室を希望です
「リアーナ様、こちらの店でございます。宿の方の話だと店主の奥さまがマリナーラ国のご出身で、その兄が母国で料理人をしていたそうですが、半年ほど前からこの店で働くようになり最近その腕が評判になって来ているのだとか」
アンナの案内で付いた料理店は入り口に『山海料理』と書かれた立て札がある店だった。
中へ入ろうとしたところ少し立て込んでいるようなのでルードが確認して来ると、一組の客が個室が空いていないところをなんとか出来ないかと粘っているらしい。
個室を頼んでいる手前、そのような時に店に入るのもどうかと店の前で落ち着くまで待っていると、諦めたらしいその客が店から出て来た。
「あら」
「ん?え……」
「まぁ、ロゼリアーナ?」
店から出て来た客の顔を見たリアーナは知った顔だったらしく声を出してしまったところ、相手もリアーナに気付いて驚いている。
「あなた方でしたのね。お久しぶりです。ルーベンス様、シェイラ様。今はお忍びですので私のことはリアーナとお呼びくださいませ」
すでに王妃ではないが、国から正式に発表されたわけではないので、自分を知っている相手にリアーナはそう話した。
「そうか、わかった。では私達もルーとシェルと呼んでくれ。それと『様』付けはやめろ。お前からは聞き慣れてなくて変だ」
「そうですわ、リアーナ……。このような店先ではお邪魔になってしまいますわね。どうしましょう。久しぶりにお会い出来たのですからお話ししたいのですけど」
店から出て来た男女二人連れはそれぞれ親しそうにリアーナに話しかけているので、アンナとルードはリアーナの後ろに控えている。
リアーナは後ろを振り返って二人に彼らが知り合いである事を告げ、この後の行動について話すと二人とも一瞬驚いたものの黙って頷いた。
「お二人はこちらでお食事を希望されていたようですが、よろしければ私達とご一緒しませんか?実は個室を頼んでありますの。もちろん後ろの二人も同席ですので、それで良ろしければですが」
「なに?本当か?それはありがたい。うちは山の中だろう?なかなか新鮮な海のものを食べられないから、たまにマリナーラ王国の荷物が届く日に合わせて食べに来るんだ。私達は立場上個室じゃないとあいつらが許してくれないだろう?別の店に頼んでくれていたのだが、こちらの店が最近評判が良くなったと宿で聞いてな、あちらには断りを入れて来てみたら個室が空いてないと言うから、仕方なく諦めて出て来たんだ。もちろん後ろの二人も同席で構わないから私達も一緒に頼む」
「それでしたら沢山お話しできますわね。リアーナ様、後ろのお二人も、せっかくのお食事の時間にお邪魔して申し訳ありませんがよろしければお願いいたします」
「もちろんですわ。それでは参りましょう。アンナ、店の方に人数の追加を連絡してあげてくださいね」
アンナが先に店に入るのに続いて、店の前でしばらく視線を集めていた集団は中に入って行った。
その視線の種類には高貴そうな複数の人物に対する好奇心と、大切な者を見守るものの二つがあった。
※※※ ※※※ ※※※ ※※※
「ロゼリアーナ、またお前来てたのか?」
「来てますわよ。こちらでないと私のモチェスでの滞在が認めて貰えませんもの。ロムルド様とイメルダ様に挨拶して来たところですわ。ルーベンスは今日の課題が終わったのですか?」
「ああ、やっと自由時間が出来た。父上達への挨拶はもう済んだのか。それなら今からお祖父様のところへ行くのだろう?私も一緒に行こう」
トライネル王国の隣国、カラネール王国の西端にある町モチェスの領主邸。
領主リーダル・ミリガルドを祖父に持つルーベンスはロゼリアーナの幼馴染であり、二つ離れたもう一人の兄のような存在だった。
実家には四つ離れた実の兄がいるのだが、歳が近い分ルーベンスとの方が話しやすい。
「あら、せっかくの自由時間なのでしたらシェイラに会いに行ったほうがよろしいのではありませんか?」
ルーベンスの婚約者のシェイラはロゼリアーナと同い年で付き合いがある。
「いや、それは大丈夫だ。シェイラは今ここに来ていないからな。それに私もお祖父様にお話ししたいことがあるから」
10代前半の二人が広い廊下を並んで歩く姿は邸内では見慣れた風景であり、すれ違う使用人達も足を止めることなく軽い会釈だけで済ませて自分達の仕事に向かうのだった。
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