第12話●前国王と側近達

「まだエドワードからの便りはないのかね」


 揺り椅子に腰掛け、侍従にゆっくり揺らせながら読んでいた本から顔を上げると眼鏡が鼻先にずり落ちる。


 それを指先で押し上げながら問いかけたのはトライネル王国の前国王アルスタール・ダ・ラル・トライネル。


 幼馴染から側室として傍においていた愛妻を亡くし体調を崩していたが、現在は王都から離れた保養地で療養中。


 しかし、その顔は血色も良く、揺り椅子の脇のテーブル上にはワインが半ばまで注がれたグラスが置かれている。


「王都からの連絡は陛下からもマリーテレサ様からも何もございませんな」


 壁際の本棚の前に置かれた三人掛けソファーに脚を投げ出して寝ていたウィリアムズ・ジェラルドが起き上がりながら答えた。


「儂からの仕事は優先的にやるべきであろうに、どれだけ時間がかかっておるのか。あのようなもの1日あれば充分処理可能ではないか」


「アルスタール様がそれを言われますか。ワシ達側近を全員辞めさせてこちらにお連れになったのは陛下への悪戯いたずらではないので?」


「ふんっ!儂の愛するメリエットが亡くなったというにエドワードの奴はロゼリアーナにベッタリくっつきおって、事あるごとにロゼリアーナ、ロゼリアーナと浮かれおったのだぞ!こんなもの悪戯などにもならぬわ」


「そうでしょうかねぇ。先日ヴィクトル殿から宰相補佐を付けたいから誰か紹介して欲しいと手紙が届きましてな、陛下達と歳が近い甥っ子がおりましたので連絡しておきましたわい」


「ほう、その甥っ子というのは出来る奴なのか?」


「さて、確か歳はヴィクトル殿と同じ21だとは記憶しておるのですが、出来るかどうかは特別な話を聞いておりませんのでわかりかねますな」


「儂よりおぬしの方が悪辣ではないのか?」


「獅子は我が子をも谷へ突き落とすといいますしな。ワシはアルスタール様の補佐をしておるだけですわい」


 アルスタールはワインを一口飲むとグラスを掲げて笑った。


「ハッハッハッ!うまいこと言いおるわ。そうか、補佐か……くくっ」


 止められた揺り椅子から立ち上がりグラスをテーブルに戻すと、傍らに来ていたウィリアムズの後ろ肩を叩いてテラスへと歩き出した。


「儂がこちらに連れてきた側近達はそれぞれに引き継ぎをしてきたのであろうが、引き継がれた者共がすんなりこなせるような仕事ばかりではあるまいに。

 エドワードがどのように対処するのか楽しみじゃな」


 テラスに置かれたテーブルには、数種類のナッツを混ぜたものが器に盛られ、椅子に掛けている人数分並べられている。


「おぬし達はこちらに来てから随分だらけてしまったようじゃな」


「アルスタール様、仕方ないではありませぬか。こちらの側付きの者はもちろん護衛騎士までもが少しも俺の相手にならん奴ばかりでは、ふてくされてしまうというものです。やはりチェスターを連れて参るべきでした」


 前将軍ジャムヌール・ダランが立ち上がり胸に左手を添えて礼をすると髭面を膨らませる。


「だらけたとは心外です。私の生活リズムは特に変わってはないのですが、もともと動くのが苦手ですからだらけて見えるかもしれませんね。

 今はあちらを息子のソラネルに任せてしまいましたので心中穏やかとは参りませんな」


 元外相ベルナリオ・ルパートは座ったまま軽く頭を下げる。


「失礼しました。こちらの長閑な気候に流されてしまっているのかもしれません。気を引き締めます」


 元情報局長キャスカリオ・ハラルドもさっと立ち上がりキビキビと礼をする。


「まぁ、よい。エドワードから連絡がないうちは特に儂もやることがない故、おぬし達も好きなように過ごせば良い」


「「「「かしこまりました」」」」


「ふむ、かしこまらずとも好きなようにな、ふふふ」


 保養地に来ない妻に対し離婚を提案している前国王アルスタールは、まさか自分が側近共々『年寄りの慰労会』の1人と妻から思われているとは知るべくもなかった。

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