第4話

瑠歌るか様の話を私は静かに聞いていた。


「今まで迎えに来ないばかりか、連絡さえしなくてごめんなさい」


瑠歌様は私の目を見つめてそう言うと頭を下げた。


「そんな……瑠歌様が謝ることではありません。ですから、顔を上げてください」

奏歌そうか……ありがとう」


瑠歌様は顔を上げると笑顔でお礼を言った。そしてふっと思い出したかのように言った。


「ところで、さっき話をしましたが奏歌は……高星家に戻って来てくれますか?急に訪ねて来てしまったので返事は今でなくてもいいですけど……」


私は、話を聞いている時から高星家に戻ることを決めていた。お母さんには相談もせずに申し訳ないけど……


「瑠歌様、私は高星家に戻ります。いえ、戻りたいです」

「奏歌、本当に……本当にいいのですか?」

「はい。さっきの話を聞いて決めました。もちろんお母さんと一緒に居たいです。……でも、私の帰りを待ってくれる人がいる……私を必要とする人がいるのなら私は行きたいです」


「ありがとう、奏歌」


そういえば私が高星家に行ったら、お母さんはどうなるんだろう?瑠歌様の話ではもともと私の乳母なんだよね?


「瑠歌様、私が高星家に行ったらお母さんはどうな るんですか?」

「そうですね……。沙羅さらはどうしたいと考えているのですか?お母様から何か指示はあって?」

「奥様からの指示はありません。私はもともと奏歌様の乳母として雇っていただいた身です。乳母の役目が終わったので、実家の方に戻ろうと考えています」

「分かりました。お母様にもそう伝えておきます」

「ありがとうございます」


そっか。お母さんは実家に戻っちゃうんだ……。

そうだよね。お母さんにも家族がいるし。

……ん?沙羅?お母さんの名前は薫子かおるこなんだけど?


「お母さん、沙羅って誰?お母さんは薫子だよね?」

「……実は薫子は偽名で、本名は沙羅って言うの」

「そうだったんだ」


私ってお母さんと今まで一緒に生活してきたのに全然お母さんのこと知らなかったんだなぁ。何はともあれ言いたいことは今言わないと!


「お母さん、ごめんね。私が高星家に戻ること一人で決めちゃって」

「そんなこと言わないで。もともと奥様の指示は、高星家が立ち直るまでだったから……」


お母さんはそう言うと俯いてしまった。


「奏歌、ちょっといいですか?」

「はい、大丈夫です」

「迎えについてですが、明日の朝、私の側仕えが迎えに来ます。それまでに荷物をまとめておいてください」

「はい。分かりました」


瑠歌様はそう私に告げると帰る支度を始めた。

私は隣に座っていたお母さんが挨拶のために立ち上がったのを見て、慌てて立ち上がった。そのまま玄関まで行き、お見送りをする。


「今日は突然押しかけてしまいすみませんでした」

「いえ。こちらこそわざわざご足労ありがとうございました」

「奏歌、明日、家で待っています」

「はい。こちらこそよろしくお願いします」


瑠歌様が来た時はまだ朝だったのにすでに日は傾き夕方になっていた。そこでようやく随分と長く話していた事に気付いた。

私たちはお見送りを終えてそれぞれの部屋に戻った。


部屋に戻った私は明日に向けて荷物をまとめる事にした。しばらくするとお母さんが私の部屋のドアをノックした。


「奏歌、入るよ?」

「うん」


部屋に入ったお母さんは、私をベッドの上に座るように促してから自分もベッドの上に座った。そして一呼吸置いてから話し始めた。


「奏歌、家の事を今まで黙っていてごめんなさい」

「別にいいよ。お母さんは私のためを思ってそうしてくれていたんだよね」

「あと、高星家に戻るって言ってくれてありがとう」

「私、貴族になる事に対しては不安しかないけど頑張るね」

「頑張ってね。まぁ、私も貴族に戻るんだけどね」


お母さんはそう言うと、寂しそうな表情から少し不安そうな表情に変わった。


「貴族街にいればまた会える?」

「もちろん。別にバラバラの場所に行くわけじゃないからね」


私はその言葉を聞いて安心した。それと同時に、無意識に入っていたらしい肩の力が抜けて急に人肌が恋しくなった。


「 ねぇ、お母さん。ギュッてして?」

「こっちにおいで」


お母さんの腕の中は凄く暖かかった。これから先はこの温もりを感じることが出来ないと考えると自然と目から涙が溢れ出した。

私が泣いている間、お母さんはずっと私の頭を優しく撫でてくれていた。

しばらくして私が泣き止み、落ち着いたのを見てお母さんは立ち上がった。


「ご飯を作ってくるね」


お母さんはそう言うと部屋を出ていった。私も部屋の片付けと荷造りを再開し始めた。

片付けが終わり時計を見ると作業を始めてから1時間半も経っていた。

私はそろそろご飯が出来た頃だと思い、一階へ行くと食卓の上には私の好きな物が沢山並んでいた。

私が来たことに気づいたお母さんは私に聞いてきた。


「部屋の片付けは終わった?」

「うん」

「こっちも丁度ご飯が出来たから食べましょう」


私は机に箸を並び終えると座って待っていた。

お母さんは 一通り、鍋などを洗い終えると席に着いた。


「「いただきます」」


私とお母さんはご飯を食べながら今までの思い出話に花を咲かせた。話をしていると、明日から本当に別々になってしまうことを実感した。

今日の出来事を振り返ってみると、今までの人生でしたことのないような決断をした1日だった。今まで知らなかった自分の生い立ちも知った。

瑠歌様の妹だっていうことも最初は信じられなかったけど、今、瑠歌様を思い返してみればどことなく自分に似ていたかもしれない。

そんなことを考えながら夕食を終えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る